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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

2018.08.14 公開 ポスト

#5 白の仙人――この夏読みたい異世界幻想譚!友麻碧

 孤独な女子大生・千歳は、20歳の誕生日に神社の鳥居を越え、「千国」という異界に迷いこむ。そこで毒舌イケメン仙人の薬師・零に拾われ、弟子として働くが、「この安本丹!」と叱られる毎日。ところが、お客を癒す薬膳料理をつくるうちに、ここが自分の居場所に……。

 友麻碧さんの人気シリーズ、『鳥居の向こうは、知らない世界でした。』は、そんなほっこり師弟コンビの異世界ファンタジー。読むほどに引き込まれる、夏休みにぴったりの一冊です。ここではストーリーの序盤を、ほんの少し公開します。

イラスト/防人

白の仙人

「いっ」

 急に起き上がろうとしたからか、体に痛みが走った。

 そう言えば私、もの凄い雨に体を打たれたんだった。

 両手を布団から出して見てみると、所々かすり傷の様なものがあったが、既に薬を塗られ、手当をされている。目覚めた時に香ったのは、この薬の匂いか。

 ……あれ。いつの間にやら白い着物に着替えさせられている。

 この人が着替えさせてくれたのかな。特に乙女の恥じらいも無く、面倒だっただろうなという申し訳なさだけを抱いて、今度はゆっくり起き上がる。

「……あの。私、寝てしまったんですか? これはまだ夢ですか?」

「ほう。自分がどういう状況に居るのか、全く分かっていないみたいだな」

 古風な物言いの青年は、やれやれと言いながら、手慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。

 机に置いていたいくつもの平皿から、ガラス製の急須に数種の乾燥花や木の実、茶葉を入れ、やかんからまだ熱いお湯を注ぐ。最後に透き通った氷砂糖の欠片を加え、蓋をして蒸らしている。何だか本格的だな。

「わ……」

 ちょうど今、ガラスの急須の中で黄色と薄桃色の花が咲いた。その他の素材も熱湯でもどされ、赤、紫と鮮やかな色を取り戻す。なんて綺麗なんだろう……

「お前、あの鳥居を越えて来たんだろう。夕暴雨に全身を打たれ、俺の薬園で倒れていた。雨に打たれると睡眠胞子を撒き散らす花が咲いているから、お前はそれに当てられ気を失い、鋭い雨に傷つけられ泥を啜りながら寝ていたのだ」

「……はあ」

「あのままにしておく訳にもいかないから、ここまで引きずって来た。おかげで腰が痛い。俺は疲れた」

「…………」

 何を言っているんだろうこの人。

 寝起きでいまいち意識がはっきりしないせいか、少々理解が追いつかない。

「ぼやっとしおって。……まあでも安心しろ。体の傷は手当をしているし、この茶を飲めばすぐに痛みも無くなる。気分もすっきりして、嫌でも現状を理解するだろう」

 それにしても古風な口調のお兄さんだな。

 彼は嫌みなもの言いではあるものの、銀の持ち手のグラスにこのお茶を注ぎ、わざわざ私の元まで持って来てくれた。

「これを飲め。八方霊茶だ」

「八方霊茶?」

「菊花、陳皮、なつめ、クコの実、白きくらげ、ジャスミン、乾燥薔薇、氷砂糖を加え、まじないをかけて作った“仙茶”だ。雨で冷えた体を温めて、鎮痛の効果もある」

 湯気が甘く、苦い。よく飲む緑茶や麦茶とは違う、かなり強い香りだ。

 一口飲んでみると、やはり癖のある味に顔を歪めてしまったが、苦甘い味をちびちび飲んでいるうちに舌が慣れてきた。

 むしろほっと心が落ち着く。こんな状況でも、お茶を飲むだけで冷静になれた。

「あの、今更なのですが……あなたはいったい」

「それはこっちが聞きたい。お前は誰だ」

 青年は再び椅子に座り、側の木の机をコンコンと指で叩たたきながら目を細めた。

「私は、夏見……千歳と言います」

「……千歳?」

「ええ。えっと、大学二年生です。あの、ここは黒曜神社の敷地内で──」

「全く違う」

「…………」

 青年は私が問いかけ終わる前に即否定。

 ぽかんとしている私に、自らの名を名乗った。

「俺の名は零。零師とか先生とか呼ぶ者も居るが、まあ零で良いだろう。お前が倒れていた薬園の主だ」

「……薬園の主?」

 零さんは立ち上がり、足早に部屋を出ようとする。

「ついてこい、千歳」

 名を呼ばれ、それに反応するようにベッドを降りた。白い石畳の床がひやっと冷たい。

 側に置かれていた草履を履いて、零さんについて行って部屋を出た。

 白く長い上掛けを揺らし、先を歩く零さんの背中は、何だか物語に出て来る魔法使いを彷彿させる……

 廊下もさっきの部屋と同じ様に、青灰色の煉瓦の壁。天井からは暖色の明かりを抱く、様々な形のランタンが下がっていた。また廊下の壁際には乾燥させた植物が吊り干されていたり、大きな壺や植物の鉢が並んでいる。

 異国情緒や古臭い生活の雰囲気に圧倒されていたら、零さんに開けた扉から外に出る様促された。

 そこは、先ほど私が鳥居を越えて辿り着いた庭園。

 咲いている花や、樹木に実った果実や木の実も……薬園と言う事は、薬で使われるものなのかな。

 古い赤鳥居もひっそりと佇み、大きな大きな水たまりにその色と形を映しだしている。

 それにしても、夕暮れ時が長い。

 私がここへ迷い込み、また気絶して起きて、それでもまだ夕暮れなのだから。

「夕暴雨のせいで地面が濡れているが、気にせず歩け。妙なものを見るだろうが、あまり驚いてくれるな。若い女の声はキンキンと耳に響くからな」

「……はい」

 ん。頷いた側から、一番近い畑で奇妙なものを見る。

iStock.com/Paket

 水滴……? いや、水ではあるのだが、大きな雫の形をした、謎の生命体だ。

 手のひらサイズの雫形の頭部から、ちまっとした胴と手足が生えていて、頭をぷるんぷるん震わせて動き回っている。

 何だろうあれ。なんか……エアコンのマスコットキャラでああいうのを見たな……

 しかも奴らは畑の一角でちょろちょろ動き、芽キャベツをもぎ取って猛烈に投げ合うドッジボールじみた遊びをしている。

「なんか……変なの、居ますね」

「……俺は、お前の反応が想像より薄い事に驚いている」

「これでも、かなり驚いてはいるのですが……」

 色々と混乱してるのだけど、元々私は、あまり感情が表情や反応に出ない……

 零さんはチラッと私の方を見てから、またすぐに視線を前に戻した。

「あれは水霊という仙霊の一種だ。夕暴雨が降ると現れ、畑で遊ぶ。野菜や薬草がいくつか使い物にならなくなるが、土が肥え潤う。質の良い素材を作る為には、奴らに好き勝手させておくのが良いのだ。時々悪戯いたずらが過ぎて、叱る時はあるがな」

「あの……零さんっていったい」

 さっきも尋ねたが、まだ答えてもらっていなかった。

「俺は仙人だ」

「仙人?」

(つづきは本書で!)

 

関連書籍

友麻碧『鳥居の向こうは、知らない世界でした。 癒しの薬園と仙人の師匠』

孤独な女子大生・千歳は、二十歳の誕生日に神社の鳥居を越え「千国」という異界に迷い込む。イケメン仙人の薬師・零に拾われ彼の弟子として働くが、「この安本丹!」と叱られる毎日。しかし、客を癒す薬膳料理を作るうちに、ここが自分の居場所に……。そんな中、夢で自分を探す家族の姿を見てしまう。ほっこり師弟コンビの異世界幻想譚、開幕!

友麻碧『鳥居の向こうは、知らない世界でした。2 群青の花と、異界の迷い子』

異界に迷い込んだ女子大生の千歳は、薬師・零の弟子として働く日々。千歳が弾くピアノは青い光を放つ花を咲かせ、王宮から重宝されていた。ある日、鳥居を越えて来たという腹違いの弟・優に会う。「ごめんって、ずっと、言えなかった」と涙を流す優は、昔、自分のせいで千歳がピアノをやめたことを気にしていた。二人の距離は縮まっていくが……。

友麻碧『鳥居の向こうは、知らない世界でした。3 〜後宮の妖精と真夏の恋の夢〜』

異界「千国」に迷い込んだ千歳。薬師・零の弟子として働いていたが、ある日、王宮から「第三王子・透李に嫁ぐ西国の王女を世話せよ」と命ぜられる。透李に恋する千歳は、素直に応援できない自分を責め、叶わぬ恋だと諦めて薬の勉強に励む。再び王宮から呼ばれた千歳は、流行している危険な“惚れ薬”を調べるように言われ、原料を突き止めるが……。

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鳥居の向こうは、知らない世界でした。

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友麻碧

福岡県出身。小説「かくりよの宿飯」シリーズ(富士見L文庫)が大ヒットし、コミカライズ(B's-LOG COMIC)、テレビアニメ化、舞台化される。「浅草鬼嫁日記」シリーズ(富士見L文庫)も好評発売中。

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