平成最後の「終戦の日」を迎えるにあたって、いまこそ読んでおきたい本がある。それが『君死に給ふことなかれ――神風特攻龍虎隊』だ。
舞台は太平洋戦争末期。二〇歳に満たない少年兵を練習機に乗せ、敵艦に体当たりさせる「特攻作戦」が計画されていた。整備士の深田隆平は、練習機が特攻に使われるとは思いもせず、いたずら心で操縦席に武運長久の祈りを刻んだ。あと数日で終戦と噂される中、そんな隆平のもとへ特攻隊員と思しき若者から匿名で感謝の手紙が届く……。
実体験をもとに綴られた、奇跡の邂逅譚。その一部を抜粋してお届けします。
最期にあの人と逢いたい
「目的地某所とは、どこでありますか」
何か質問はあるかと中隊長が言うので、隆平は訊ねた。
「そのようなこと、兵が知る必要はない」
中隊長は、隆平の顔を見ず遠方に視線をむけたまま答えた。これは傲岸というよりも、無礼な態度だ。
「特攻隊の人々も、目標を告げられ、それをめざして激突するのでしょう。われわれも自分の死に場所ぐらいは教えてもらいたいであります」
「軽々しく特攻隊を口にするな。貴様たちとは違う」
はじめて中隊長が隆平の顔を見た。
「どう違うのでありますか」
「特攻隊は軍神である」
「兵隊は靖国神社に入っても軍神にはなれんちゅうことですか。神様になろうとは思いませんが、目標も告げず死にに行けというのは理不尽ではありませんか」
「兵隊とはそういうものである」
「将校は神様みたいな人でしょうが、われわれは人間でありますから、せめて死にゆくものへの敬意をみせていただきたい」
「貴様、何が言いたいのだ」
「沖縄転属の名で出て行ったものの半数は、戦死しています。輸送船が敵潜水艦に撃沈されたためというが、その詳細は知らされておりません。沖縄の陸上戦は終わったと聞いていますが、その近海にまだ潜水艦はうろついておるのでありますか。そこへわれわれは送られて行くのでありますか」
「黙れ! 貴様、ぶった斬るぞ」
中隊長が怒鳴り、軍刀の柄に手をかけて隆平を威嚇した。
「中隊長殿、その兵の言うことを、少し聞いてやろうではありませんか」
後ろのほうから声がした。木林少尉だった。
「なんだ木林、貴公、兵の肩を持つのか」
「肩を持つのではないが、その兵の言うことには一理あり面白いじゃありませんか。私は聞いてみたい」
「貴様も同罪だ、ぶった斬ってくれる」
大橋がいきなり軍刀を引き抜いた。
「面白い、お手向かいしますぞ、私はまだ剣道五段で全日本剣道大会で優勝はできなかったが、準優勝はしています。航空士官学校出の猛者となら相手にとって不足はありません。広い場所で立ち合いましょう。ではどうぞこちらへ!」
「アハハ……。シラノ・ド・ベルジュラックだな」
聞き覚えのあるその突然の声は、宮田二等兵だった。彼は転属したはずだった。厄介者はそれで消されたものと思っていたのに──。
「まあまあ、まあ……」
そのころになってもう一人出てきたのは、徳丸准尉である。彼は中隊長のそばに駆け寄り軍刀を鞘に納めさせ、「きょうは解散、解散」と、皆を追い立てて営内に引き上げさせた。
「深田は、木林さんに預けます。あとでわしのところへこい」
言い残して、徳丸は中隊長室に消えた。
大橋中隊長は酒に酔っていて話が錯綜した。木林少尉はお咎めなしということで一件落着した。どうやら徳丸准尉がうまく裁いたようだが、隆平には厳重注意の沙汰がくだった。
一段落したところで隆平は宮田に訊ねた。
「どうしました。てっきり輸送船で海の藻屑かと思うていましたよ。こんどは桟橋から逃げ出したのですか」
「それに近いが、発病だった、本当の病気です」
宮田はすっかり普通の人間になっている。
「高熱、下痢で伝染病と思われて神戸の病院に隔離されたのです。治ってまた舞い戻りです。でも気は触れたままですよ」と、ペロリ、舌を出すしたたか者だ。三浦がいたらどんな顔をするだろう。
「そうそう。三浦は死にましたよ」
「………」
そのときだけ宮田は哀しい表情を見せた。そうだ。彼なんかにかまってはおれないのだ。隆平は落ち着いてはいられんのだ。山根照子と娘の美沙子が、篠山にやってくる日である。
木林少尉が衛兵司令に親子が訪ねてくることを伝え、とにかく知らせてくれるように頼んでいるが、正午を過ぎても連絡がないのだ。午後三時、隆平を呼んだ木林少尉がうかない顔をしている。不吉な予感がした。たいていそれは当たるのだ。
「美沙子さんといったな、京橋の友人の家に泊まると言わなかったか」
「はい、言いました」
「十四日、きょうのことだ。午ごろ大阪に空襲があって大阪造兵廠と近くの京橋駅がほぼ壊滅したらしい。関係ないかもしれんが、いちおうお前に知らせておく。ポツダム宣言受諾というのに、まだ空襲か。外道め!」
「やられたな!」
「そう思うか」
「思います。これから行ってきます」
「京橋へか」
「調べてみます」
木林はすぐに外出許可の手続きをとってくれ、一〇円札三枚と一緒に公用の腕章を渡してくれながら、「戻ってこなくてもよいぞ」と、隆平の耳にささやいた。