あれから73年――。私たちが絶対に忘れてはいけないことがある。「特攻」で散っていった若者たちのことだ。
特攻は昭和19年秋にフィリピンで始まった。その後、沖縄戦で戦いの中心となり、やがて全軍特攻へ。結果、4500人を超える若者が命を落とした。どのような経緯で特攻は拡大し、終戦まで一年近くも続いたのか。 『特攻の真実――なぜ、誰も止められなかったのか』は、その背景を機密資料と証言をもとに検証している。
平成最後の「終戦の日」を迎えるにあたって、本書の一部をご紹介します。
敗色が濃くなってからも……
敗色が濃くなってきた昭和一九年一二月、日中戦争からの熟練搭乗員である海軍の角田和男少尉は、みずから特攻隊員となる途を選び、出撃を待つ身となっていた。
一〇月三〇日に「葉桜隊」の突入を見守った直後の一一月六日、自分の隊から特攻隊員をひとり出せと命じられた角田少尉は、部下を指名するにしのびず、自分の身を差し出した。だが、貴重な戦力であるこの熟練搭乗員に体当たりが命じられることはなく、いたずらに日が過ぎていった。そんなさなか、マニラ近郊のクラーク航空基地にあった司令部で、角田少尉は予科練の同期生である浜田徳夫少尉とばったり出会った。
特攻隊になっている時の顔は、あんまり自慢できませんね。暗い顔していますから、浜田にもすぐ分かったでしょう。会ったそばから、「角田、お前神風刀(特攻隊員が任命式で受領する刀のこと)もらっているな」と言うから「もらっているよ」と言ったら、「そんなものはすぐに返して来い! 一機一艦つぶせば勝つなんてとんでもない。特攻以外で勝つ見込みがないなら、潔く降伏すべきだ」と。「開戦に対して責任のある上官は、全部腹を切ってお詫びするべきだ」と言ってきたんです。
「お前たちみたいな馬鹿がいるから、搭乗員たちもみんな志願するんだ。そんなことをしていれば、講和の時期が延びるばかりで犠牲がますます増えるばかりだ。早く降伏しちゃえ」と言う。
(質問)今から考えると、浜田さんの考えは理にかなっているように聞こえますが?
確かに私もそう思いました。ただ私は、大西中将が特攻を続ける「真意」というのを聞かされていたので、思うところがありました。他言は無用と言われたので、浜田にも言えず、結局けんか別れに終わってしまいましたが……。
知られざる特攻の「真意」
角田さんの言う、大西中将が特攻を続ける「真意」とは、いったい何なのか。角田さんはそれを、フィリピン・ダバオの基地で特攻出撃命令を待っていた一一月下旬、ある人物から秘密裏に聞かされていた。
その人物とは、第一航空艦隊の参謀長として司令長官の大西中将を補佐していた小田原俊彦大佐だった。以前から角田さんと面識があり、その角田さんが妻子ある身でありながら志願したことに心を動かされた小田原大佐は、大西から「他言は無用」と釘を刺されたこの「真意」を語り聞かせたという。
がらんとした大きな兵舎にアンペラを敷き、ヤシ酒を酌み交わしながら、小田原参謀長が語った大西の「真意」とは、次のようなものだった。
第一航空艦隊の司令長官に就任するまで軍需省航空兵器総局の高官を務めていた大西中将は、もはや日本は戦争をこれ以上続けることはできず、一日も早く講和に持ちこまなくては国が持たないということを痛感していた。ところが、戦場から遠く離れた日本本土では、徹底抗戦を叫ぶ声が依然根強く、講和のことを口に出そうものなら陸海軍の大臣や皇族といえども命の保証はない。内乱になる恐れも十分にある。
ここは天皇陛下から、戦争をやめるよう命令をしていただく以外に方法はない。体当たりまでしなければならない状況であると聞かれたならば、万世一系、仁慈をもって国を統治されてきた天皇陛下は、もう戦争はやめようと必ず仰るだろう。そして、国がまさに滅びようとした時にこれを救おうと立ちあがった若者たちがいたということ、それをお聞きになった陛下が慈悲の心をもって戦争をやめろと仰られたという歴史が残る限り、日本は五〇〇年後、一〇〇〇年後に必ず再興できるだろう……。
大西長官の「特攻の真意」を聞いた時、ようやく終戦のありようを考えてくれた人がいた、ということを感じましたね。特攻で一機一艦を沈めれば勝つんだということは、まったく信用していませんでしたから。
レイテ湾を埋め尽くしている敵艦の数と、マバラカットに集結した特攻隊の数は、まるきり違いますからね。一機一艦ぶつかったとしても、最初になくなるのは飛行機の方ですからね。飛行機は二〇機、三〇機しかないんですから。何百隻という艦が、湾を埋め尽くしていましたから。なんでそういう目先のことしか見ないのか、と不満でしたね。だから、ようやく終戦の条件がこれで見えてきたということが分かりましたですね。負けるための方法として、特攻に希望を持ったのです。
静かな怒りとともに……
角田さんが伝え聞いたという、大西長官の「特攻の真意」について、真相は不明だ。大西自身、それについては語り残しておらず、それを聞かされたという小田原参謀長も、角田さんに語り伝えてからおよそ二か月後、乗っていた航空機が台湾沖で墜落し戦死している。
だが、ひとつだけ確かなのは、その「真意」を伝え聞いた角田さんが、特攻で死ななければならないみずからの運命にささやかな意味を見出し、戦争はもうやめろと天皇が言い出すのを心待ちにしながら戦い続け、そして二〇一三年二月に九四歳で亡くなるまで、「なぜ陛下は戦争をやめろとは仰らなかったのか」という静かな怒りと共に、特攻で戦死した仲間や部下たちの冥福を祈り続けたことだ。
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