あれから73年――。私たちが絶対に忘れてはいけないことがある。「特攻」で散っていった若者たちのことだ。
特攻は昭和19年秋にフィリピンで始まった。その後、沖縄戦で戦いの中心となり、やがて全軍特攻へ。結果、4500人を超える若者が命を落とした。どのような経緯で特攻は拡大し、終戦まで一年近くも続いたのか。 『特攻の真実――なぜ、誰も止められなかったのか』は、その背景を機密資料と証言をもとに検証している。
平成最後の「終戦の日」を迎えるにあたって、本書の一部をご紹介します。
人間魚雷「回天」という悲劇
桜花と同様に、宮崎中将の日誌にしばしば登場する特攻兵器が、人間魚雷「回天」だ。海軍が開発し大きな期待を集めた「回天」の搭乗員たちにもまた、その崇高な覚悟が報われたとは言い難い、過酷な運命が待っていた。
一度潜水艦から放たれたら最後、ふたたび艦に戻る術のない回天には、目標を見失い、艦内の酸素が尽きるのを待つしかない状況に陥った事態を想定して、操縦席に自爆装置が備わっていた。吉留さんは言う。
「これは、自爆だ」って、潜水艦の連中がみんな言うんだよ。我々は音のわずかな違いで命中か自爆かは聞き分けられんけど、潜水艦の連中が「ああ、あれ自爆だ」と。その自爆したやつの気持ちをやっぱりおれも魚雷の中で考えたよな。どんな気持ちでなあ、ま、何分か、なあ、油がなくなってから海に漂ってて、まあ死んでいく心情をこう思ってた時はもう何ともやりきれなかったな。
今の人は「特攻作戦とは無策だ」と言うけども、当時としてはやっぱりこれに一縷の望みをかけたっていうことだけは確かなんだよな。で、それに甘んじようとしたのが我々だったわけだよ。身内が目の前で殺されてる時に、特攻でもいいから敵をやっつけようっていうのは、これは自然の気持ちでねえかと。
この日、潜水艦からの魚雷攻撃によって損傷を受けたアメリカ軍艦艇は、一隻も記録されていない。
他にも、人間爆弾「桜花」の二倍以上にあたる二・九トンの爆薬を搭載し、「四キロ四方を火の海にする」と言われた陸軍の重爆特攻機「さくら弾」や、ベニヤ板でできたモーターボートに爆薬を積み込んで敵艦に体当たりする海軍の「震洋」や陸軍の「マルレ艇」などの特攻兵器が次々と投入されたが、戦果らしい戦果をあげることもないまま、いたずらに若い命が失われていった。
本当はみんな死にたくなかった
一方、五月に入っても空からの「航空総攻撃」(菊水作戦)は続いていたが、回を重ねるにつれ規模は小さくなり、使われる機体も旧式で整備の行き届いていないものが多くなっていた。それと同時に、出撃を待つ特攻隊員たちの中にも変化が起きてきたという。
「沖縄の戦局が悪くなるにつれて、特攻隊員の中にも、戦意のない者や、気持ちの動揺している者が多くなった。何回も引き返してくる隊員もいた。それは、飛行機の悪いこともあったが、また、死ぬ気持ちになれないためであった」(高木俊朗『特攻基地知覧』より)
こう書き残しているのは、沖縄に出撃する陸軍特攻隊の拠点があった鹿児島県の知覧基地で、陸軍報道班員を務めていた高木俊朗さんだ。
特攻隊員たちと共に三角兵舎に寝泊まりしながら取材を続けていた高木さんは、操縦席を満開の桜で飾られ、女学生がうち振る桜の小枝に見送られて盛大に出撃した四月初めと比べて、みずからの死の意味を見出せずにいる搭乗員が増えていることを、敏感に感じ取っていた。
それでも彼らの多くは、「ひきょう者」と後ろ指をさされることを恥じ、ある者は高木さんに「この戦争は日本の負けですよ。しかし、われわれは命令だから死にます」とだけ言い残し出撃していったが、なかには気持ちの整理をつけられない者もいた。
東京で国民学校の教員をしていた時に召集され、「特別操縦見習士官」となり、まもなく特攻出撃を待つ身となった川崎渉という少尉もそのひとりだった。高木さんに対し「この間まで、背広を着て、かばんをぶらさげていた風来坊が、急に飛行服を着るようになったと思ったら、こんどは特攻の神鷲と言われるようになった。自分ながら感慨無量ですよ」と「希望のない笑い」を浮かべながら語った川崎少尉は、新婚の妻を残して死ぬにしのびず、出撃しては「機体不良」と引き返して来ていた。
しかし、いくら調べても引き返すほどの異常は見当たらず、面目をつぶされた整備隊長から「女に未練を残して死ねないでいる、ひきょう者」「死んでしまえ」と罵られ、三度目の出撃から引き返した五月二八日には、参謀から「貴様のような臆病者は、軍法会議にかけて処罰してやる」となじられ、ひどくなぐられたという。
その翌々日、知覧を飛び立った川崎少尉は、機首を故郷の鹿児島県隼人町(現・霧島市)に向け、実家の畑近くで謎の墜落死を遂げてしまった。
巨大な力に押しつぶされた若者たち
川崎少尉のように生きることを諦めきれず、かといって途中の島に不時着して生き延びるような要領のよさもない者たちは、全軍特攻へと邁進する巨大な力の前に、押しつぶされていくしかなかった。
特攻隊員ひとりひとりの尊厳は、もはや顧みられることはなかった。粗悪な飛行機が増えたことにより、エンジントラブルなどで沖縄までたどり着けず、引き返すケースも実際増えていたが、そうした隊員たちにも疑いの眼が向けられるようになっていく。
彼らには「特攻隊員が出撃して、生きて帰るのは、精神状態がわるい」「死ぬことのできないのは、特攻隊の名誉をけがすことだ」「死ねないようないくじなしは、特攻隊のツラよごしだ。国賊だ」といった心ない言葉が参謀たちから浴びせられた。それは恐らく、あまりに多くの若者たちが、潔く、当たり前のように命を投げ出していったことと無縁ではないだろう。
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