この度、阿佐ヶ谷姉妹の初書籍『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』が発売となりました。「面白い」「癒される」「2人の関係が羨ましい」「文才がすごい」と多方面で話題になっています。そして、実は本書には「私の落とし方」をテーマにしたお二人の短編恋愛小説も掲載になっています。もちろん小説執筆は初の試み。実は、これがものすごく面白いんですよ…! 少しずつですが、妹・美穂さんに続き、姉・江里子さんの小説をお楽しみください。
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旅館ありまは、歴史ある有馬温泉の中でも中堅の宿である。規模はそれほど大きくなく新しくもないが、有馬の中でもここの湯が一番良いと長年通ってくれる常連さんも多い。
自慢は歴史ある日本庭園の中にある、露天風呂。貸切にも出来て、ゆったり入れると評判だ。
この温泉に仲居としてお世話になって三年が経つ。昔は苦手だった掃除も、今はルーティンワークの一環となった。埃も曇りも残さぬよう、隅々まで磨き上げ、ガラス窓越しに庭を見る。本館から露天風呂まで続く、計算して配置された飛び石の道。刈り揃えられた芝。丸々と刈り込まれた常緑樹や、隅々まで整えられた大樹達。春はつつじ、秋は紅葉が見事に映えるこの庭だが、冬に差し掛かる今も一分の隙もない。その隙のなさが、見る者の心を逆にほどいてくれるのはなぜだろう。おもてなしの精神というのは、このような庭の佇たたずまいに通じる所があるのではないかしら。仕事の折々に庭を眺め、そんな事を思ったりする余裕も出来てきた。これも3年の月日のお陰ね。
すると、庭を眺める視界の隅に人影がある事に気づいて、ビクッとした。
坊ちゃんカットを軽く七三に分けたような髪。紺色の法はつ被ぴが大きめに感じるのは、細身で身長もある上に、ややなで肩であるからだろうか。オーバル形の銀フレームのメガネをかけ、薄めの唇を一文字に結んでこちらを見ている男の姿。湯守の年雄さんだ。窓を少し開け、「お疲れ様です」と会釈した。すると、
「そのガラス窓」
「はい?」
「あまり、力を入れない方がいいかもしれないです」
「えっ?」
「随分昔のガラスだから、割れやすいんですよ。昭和初期のものみたいだから」
きつい口調でも表情でもなかったが、いきなり言われたので、たじろいでしまった。
「すみません。今あの」
「いつも丁寧に掃除されているから、老婆心ながら、なんですが」
「年雄さん、ちょっと」と庭の先の方から、女将の呼ぶ声が聞こえた。すると年雄さんは、何か言いかけた口を閉じ、軽く会釈をしてそのまま行ってしまった。
びっくりした。いつからいたのだろう、そしていつから見られていたのだろう。
年雄さんとは、あまり話した事もなく、どういう人かもわからないが、湯守として腕利きだとは聞いていた。3年経った位で慣れたつもりの私の仕事ぶりが、職人気質の人から見たら気に障ったのかしら。嫌味な感じはなかったけれど。
それにしてもこんな初歩的な仕事で注意されるなんて。恥ずかしい。動揺を隠そうと、また強めに窓を磨きそうになって、慌てて手を止めた。木枠のガラス窓が、はずみでカタコトッと鳴った。
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