この度、阿佐ヶ谷姉妹の初書籍『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』が発売となりました。「面白い」「癒される」「2人の関係が羨ましい」「文才がすごい」と多方面で話題になっています。そして、実は本書には「私の落とし方」をテーマにしたお二人の短編恋愛小説も掲載になっています。もちろん小説執筆は初の試み。実は、これがものすごく面白いんですよ…! 少しずつですが、妹・美穂さんに続き、姉・江里子さんの小説をお楽しみください。
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渡り廊下の掃除が終わると、担当客間の掃除や、リネンやお茶器の交換。お客様を迎える準備が済んでようやく、短い休憩時間に入る。休憩室からは「有馬の上沼恵美子」とのあだ名もある、真知子さんのハリのある声が漏れ聞こえてくる。この旅館では、少ない人数でまとめて仕事をする分、短い休憩時間にほとんどの人が集まる。皆が当たり前のように、小さな休憩室で同じ賄いを食べ、テレビを見、たわいのない話をしながら、次の仕事まで休みを取るのだ。
こういった仕事に就く人達は、何かしらすねに傷持つ身で、お互いの事は詮索しないものと思っていたが、それは違った。話題の半分がテレビや雑誌の、残り半分が有馬にいる人々のゴシップ。そして、その発信元はほぼ真知子さんだ。
「だからあんた私言ってたでしょ、山の坊んとこのあの高田純次は絶対むかし証券マンかなんかだって。そしたらあんた、こないだ仮想通貨の話になってやっとこさあんた正体バラしてさ、ビンゴよ。したっけあんた、あそこの若女将がせっせっせのヨイヨイヨイってまぁあんた」
ゴシップを楽しげに話す時の真知子さんは、なぜか美川憲一のような話し方になる。「あんた」が多すぎて、誰が誰だかわからない。
「でもさー、結果みんな、幸せになってほしいよね」
収まり所はいつもこの言葉だ。どんなにゴシップを言っても、最後はこの言葉でしめる真知子さんだから、みんなから慕われ、嫌われないのだろう。この言葉が合図のように、残りの仲居達が「そうだね、そうだ」と言って、テレビ前のコタツから立ち上がる。この中では一番新参者の私がコタツの上を拭いていると、真知子さんがコソッと話しかけてきた。
「私はね、あんた、ふきちゃんにこそ、幸せになってほしいのよ」
「えっ?」
「ふきちゃんはさ、入ってきた時から、ただ必死でここに染まろうとしてさ。でも何だろね、染まり切れない何かがあるのよね。たとえるなら、そうあんた……おでんの中のトマト」
「おでんの中のトマト?」
「お出汁を吸ってすっかり和風になりましたーみたいな顔しても、トマトはトマトなのよ。悪いって言ってんじゃないわよ。私おでんのトマト大好きだし。でも何かね、早くお鍋からすくってあげたい! もはやあんたすくわせてーって気分になるのよ」
短めの腕をクレーンのような形にして、大ぶりなジェスチャーをまじえて話す真知子さん。その言葉が、くっと胸に入り込んで、台ふきんを動かす手が止まってしまった。それを待っていたかのように、真知子さんは私の腕をぐっと引き寄せ、さらに小声でこう言った。
「したっけ、ふきちゃん。あんた年雄さんあたり、どう?」
「どうって言われても」
「だって年雄さん、見てるよ、ふきちゃんの事。いっつも見てるもの。あれはもう」
「真知子さん……私、今本当そういうのないですから」
「おおこわ、おおこわ、ふきおこわっ!」
※この続きは是非、『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』でお楽しみ下さい。
阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし
40代、独身、女芸人ふたりの地味おもしろい同居生活エッセイ。
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