タレント・須藤凜々花さんが激推ししてくださっている『片想い探偵 追掛日菜子』。
一度好きになったら相手をとことん調べつくす主人公・日菜子のストーキング能力に、驚愕する読者が続出しています。その日菜子のエキセントリックな行動&発言は、「さわり」だけでも十分伝わるのでは…!ということで、今回冒頭部分の無料公開に踏み切りました。
プロローグと、1~5話それぞれの冒頭部分を、1日おきに公開していきます。
〈あらすじ〉
追掛日菜子は、舞台俳優・力士・総理大臣などを好きになっては、相手の情報を調べ上げ追っかけるストーキング体質。しかしなぜか好きになった相手は、殺人容疑をかけられたり、脅迫されたりと毎回事件に巻き込まれてしまう。今こそ、日菜子の本領発揮! 次々と事件の糸口を見つけ出すがーー。前代未聞、法律ギリギリアウト(?)の女子高生探偵、降臨。
*
二十日午後七時四十分頃、人気俳優の草野の京太郎さん(26)が、出演していた舞台の公演中にステージ上で刺されて死亡した。警視庁は、刃物を持ち込んで草野さんを殺害した疑いがあるとして、共演者の須田優也やさん(20)から任意で事情を聴取している。
*
頼むよ、と目の前で熱弁を振るっていた男子が懇願するような声を出した。両手を合わせ、机に短い前髪が触れるくらい深々と頭を下げる。
「このとおり。お願いします。こっちは真剣なんだ、本当に」
「ちょっと、困るよ」
日菜子はか細い声で言い、男子の顔を上げさせようと中途半端に手を伸ばした。なんだか落ち着かなかった。椅子に座ったまま、もぞもぞと身体を動かす。
「じゃ、考えてくれる?」
「ううん、それは──」
「お願いだから」
「もっと可愛い子、他にいっぱいいるのに」
「俺は君がいいと思ったんだ」
「私を選ぶなんて、やめたほうがいいよ」
昼休みが始まって十五分。ほとんどのクラスメートはまだお弁当や購買のパンを食べていて、ちらちらと横目でこちらを眺めている。日菜子が教室の中でこんなに注目を集めるなんて、めったにないことだった。よりによって、さっきまで隣に座っていた鞠まり花かと沙さ紀きは、紙パックの飲み物を買いに行くと言って、二人揃そろって購買へと出かけてしまっている。
心臓がドクドクと音を立てている。顔も赤くなっているに違いない。クラスメートに見られていることを意識すると、余計に身体が熱くなった。
さっきから日菜子を口説き落とそうとしているのは、今年の文化祭実行委員長のようだった。同じ学年のはずだけれど、クラスが一緒になったこともないし、部活も違うから、一度も話したことがない。
「うちのクラスだったら、ほら、チアリーダーやってる葉子ちゃんとか、どう?」
「彼女は確保済みなんだ」
「あとは──バスケ部のマネージャーの、恵理ちゃんとか」
「そっちも手は打ってある。だけど、どうしても追掛さんに決意してもらいたいんだ。潜在的なポテンシャルで言ったら、君が間違いなく学年一なんだからね」
提案を次々に薙なぎ払われ、日菜子は唇を結んだ。そのとき、廊下の方面から、「まさか、日菜ちゃん告られ中?」という面白がるような声が聞こえてきた。
首を伸ばしながら教室に入ってきたのは、西戸鞠花と石渡沙紀だった。片手にそれぞれアイスココアとイチゴミルクの紙パック容器を持っている。ようやく帰ってきた、と日菜子はほっと息をついた。
目を輝かせている二人に向かって、日菜子より先に、文化祭実行委員長が口を開いた。
「勧誘だよ。今度の文化祭、初のミスコンを企画してるんだ。それで、候補者を集めてるんだけど、ぜひ追掛さんに出てもらえないかなあと思って」
「え、ミスコン? 日菜ちゃんに?」
鞠花と沙紀がぽかんとした顔をした。直後、ひっくり返りそうなほど身体を反らし、大きな声で笑い出す。
「え、おい、何が可笑しいんだよ。追掛さん、あんまり目立たないようにしてるみたいだけど実は学年でダントツに可愛いって、企画会議でも太鼓判押されてたんだぞ」
文化祭実行委員長が慌てた様子で二人に食ってかかると、「だって、ミスコンなんて、ぜんっぜん似合わないもん」と鞠花が身も蓋もない発言をした。
「そっかあ、他のクラスの男子から見たらそういうイメージなんだね。確かに去年も、クラスの文集で『可愛い人ランキング』一位だったもんなあ。ナチュラルメイクどころか常にすっぴんなのに、ホントすごいよ」
「そのくせ、『すぐに彼氏ができそうな女子ランキング』は圏外っていう」
ふふふ、と鞠花と沙紀が顔を見合わせて口元を押さえた。彼女たちの言葉の意味が分からないらしく、文化祭実行委員長は目を白黒させている。
「日菜ちゃんには、いつだって、彼氏なんかより好きな人がいるもんね」
「ね!」
「ミスコンなんて出てる暇ないよね」
「ないない。今の日菜ちゃん、須田優也くんにゾッコンだもん」
その名前が沙紀の口から飛び出した瞬間──日菜子の心臓は、ドクンと大きな音を立てた。
幸せな響きが、温もりとともに、胸の中でじんわりと広がっていく。
ワンテンポ遅れて、日菜子は音を立てて椅子から立ち上がった。
「そんなこと言わなくていいでしょ!」
好き勝手に日菜子を貶おとしめる会話を繰り広げている二人に抗議する。鞠花はひらひらと右手を振って、「まあまあ」と笑った。
「とにかく、ミスコンに誘おうとするのは諦めたほうがいいよ。日菜ちゃん、ひどい上がり症だから。英語の授業でプレゼンしたときも首まで真っ赤になってたし、音楽の授業でみんなの前で歌を発表したときなんか声がかすれてまったく出てなかったし。今だって、クラスのみんなに注目されただけでしどろもどろになってるでしょ。文化祭のステージなんかに立ったら卒倒しちゃう。ね、日菜ちゃん」
うんうん、と日菜子はすかさず頷いた。やはり、仲間がそばにいるのは心強い。文化祭の実行委員を務めるような学年の中心人物相手に、日菜子一人では対等に渡り合えなかっただろう。
「日菜ちゃんにとってのステージは、立つところじゃなくて、見上げるところだもんね」
そうそう、と再び頷きそうになったのを直前でこらえ、要らぬ付け足しをした沙紀の肩を「もう」と小突いた。
文化祭実行委員長は、鞠花と沙紀に恨めしそうな目を向けてから、「前向きに考えといて。よろしくな!」と捨て台詞ぜりふを残し、逃げるように二年一組の教室から出て行った。
「いやあ、面白いこともあるもんだね」
鞠花と沙紀が、紙パック容器にストローを差しながら椅子に腰かけた。日菜子の机を取り囲むようにして、三人揃ってお弁当の包みを開ける。
ようやく、いつもの平和なお昼休みが始まった。クラスメートたちがそれぞれのグループでの会話に戻っていく気配を感じ取り、日菜子はほっと安堵のため息をついた。
「ぶっちゃけ、どう? ミスコン出たかった?」
「ううん、全っ然」
考えるのも恐ろしい。チアリーダーや運動部のマネージャーをやっている女の子たちと一緒にステージに立つなんて、文芸部の日菜子にできるわけがなかった。しかも、その文芸部でさえ、幽霊部員ときている。
「ミスコンで優勝したら、彼氏、できるかもよ」
「うーん。そう言われてもなぁ」日菜子は右手に箸はしを持ったまま、机の上に頰杖をついた。「彼氏って、どうなんだろうね」
「……というと?」
鞠花が卵焼きを箸でつまみ上げながら片方の眉を上げる。
「喧嘩したら悩みそうだし、既読スルーされたらモヤモヤしそうだし。他の女の子が寄ってきたら不安になりそうだし、自分の好意やわがままを押しつけすぎると嫌われそうだし。なんていうか、楽しいことばかりじゃないと思うんだよね」
「うんうん。で?」
「そういう面倒事の多い関係よりは、変に近づきすぎて喧嘩することもないし、お手紙やメッセージを送っただけでドキドキできるし、幸せでいられるし、同じ人を好きな女の子と仲良くするのは情報収集が捗はかどるからむしろメリットだし、いくら一方的に好きでいても許されるし、究極の理想を求め続けても決して壊れない関係のほうが、よっぽど楽だと思う」
「それは、つまり?」
「彼氏より、推しとのほうが、ずっと幸せな関係を築ける」
日菜子がそう言った瞬間、鞠花と沙紀が一斉に笑い声を上げ、大げさに手を叩たたいた。
「つまり、日菜ちゃんはいつでも幸せの絶頂にいるってことね」
沙紀がニヤニヤしながらウインナーに箸を伸ばした。「毎日毎日、須田優也くんの話してるもんね」
「だって……あんなにかっこよくて可愛くてクールな子、なかなかいないよ?」
日菜子は身を乗り出して、沙紀に向かって力説した。
「もうさ、なんていうのかな、優也くんは神様なんだと思う。考えるだけで尊いもん。一言でいうと、可愛さの暴力って感じ。あーもうむり。むりむりむりむり!」
想像しただけで胸が苦しくなり、身み悶もだえてしまう。何の変哲もない昼休みの教室が、急にぱあっと輝いて見え始めた。
「ファンに対してはちょっと塩対応だけど、それも含めて優也くんなりのキャラなんだろうし、それでいて何度も現場に通ってるファンには『あ、どうも』なんてぼそりと挨拶してくれて、あーもうそんなこと言われた暁には私だったらその場で優也くんを抱きしめたくなっちゃうな、生まれてきてくれてありがとうってひれ伏したくなっちゃうな、あ、でも推しに怖い思いをさせるのは信条に反するから接触イベントで合法的に触れることが許されてる優也くんの右手だけはせめて思い切り握りたくなっちゃうなぁ、でもそんなに強く締めつけたら嫌われて次から干されるんじゃないかとか」
「こらこら、日本語日本語」
鞠花が手を伸ばしてきて、日菜子の額をぺちんと叩いた。
「来週、定期テストなのにねえ。家に帰ってからちゃんと勉強してる?」
うっ、という声が喉から漏れる。「テストの話はやめよ……」と肩を落とすと、「ま、赤点さえ取らなきゃ大丈夫でしょ」と鞠花は豪快に笑った。
「そういえば、今週末、『白球王子』の千秋楽だよね。優也くん主演の」
沙紀が思い出したように手を打って、日菜子の顔を覗のぞき込んできた。
「日菜ちゃん、チケット取った?」
「もっちろん!」
右手を突き出し、勢いよく親指を立てると、沙紀は「さすが。いいなあ」と眉尻を下げた。
「私も申し込んだんだけど、外れちゃったんだよね。草野京太郎が桜さくら部長役で出てるから、見に行ってみようと思ってたんだけど」
「えっ、沙紀も行こうとしてたの?」鞠花が驚いた声を上げた。「先に教えてくれれば、チケット譲ったのに。一緒に行く人いないと思って、お姉ちゃん誘っちゃったじゃん」
「えー、そうだったの」
「うわあ、残念」
鞠花と沙紀の会話を聞き流しながら、日菜子は舞台『白球王子』について思いを巡らせた。
草野京太郎というのは、今回の公演のキャストの中で一人だけ別格の、今をときめく大人気俳優だった。連ドラや映画にも出演している俳優だから、一般人にもファンは大勢いる。その草野が主人公の次に重要な役どころで出演するということで、今回のチケット争奪戦には、沙紀のような草野京太郎ファンも多数参加したようだった。
草野が原作の野球漫画を愛読していたことから、特別出演が決まったらしい。だが、鞠花や日菜子のような舞台俳優ファンにとっては、倍率が跳ねあがってチケットが取りにくくなるのはマイナスでしかなかった。
「日菜ちゃんは、どの回に行くの?」
「んーと、鞠花は?」
あえて訊き返す。「土曜日の昼公演だよ」という鞠花の言葉を聞いて、日菜子はほっと胸を撫なで下ろしながら答えた。
「そうなんだぁ、残念! 私、日曜日の夜公演」
「ええっ、千秋楽! いいなあ、チケット取れたんだ。倍率高かったろうに」
自分だけでなく家族全員の名義で申し込んだ上、毎日毎日チケット転売サイトに張りつき続けてようやく最前列ど真ん中の席を手に入れたのだ──とは、言えない。
本当は、日曜夜だけでなく土曜夜の公演も見に行く予定であることも。その「お布施」──もといチケット代とグッズ代で、二か月分のアルバイト料がすっかり消え失うせたことも。
「日菜ちゃんは、中学の友達と見に行くんだっけ?」
「うん!」
その中学の友達というのが架空の人物であるということも──申し訳ないけれど、ちょっと、今は言えない。
「本当は日菜ちゃんと見に行きたかったんだけどなあ。もっと早く声かければよかった」
何も知らない鞠花は残念そうに呟いてから、「あっ、そうだ」と目を輝かせた。
「来月、須田優也くんの握手会イベントあるよね。一緒に行かない?」
「あ、それいつだったっけ?」
日菜子が訊くと、鞠花はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、「ちょっと待ってね」と言って日程と場所を調べ始めた。
鞠花、ごめん──と、心の中で謝罪する。
須田優也のファースト写真集発売を記念した握手会イベントの日時と場所は、鞠花から聞くまでもなく、日菜子の頭の中にしっかりと叩きこまれていた。二〇一八年六月二日、土曜日。場所は、池袋にあるショッピングモールのイベントスペース。手帳には大量のハートマークとともに『優也くん握手会!』と書き込んであるし、写真集の最大特典である「五冊買ったらツーショットチェキ券」だってすでに確保済みだ。
「あ、池袋だって。六月二日、土曜日」
「池袋かぁ」日菜子は意識的に眉尻を下げた。「ごめん、ちょっと、お金が……」
「そっか。交通費、バカにならないもんね。横浜でもやってくれたらいいのにね。じゃあ、私も今回は見送ろうかな。ちょっと遠いし」
鞠花はあっさりと諦めてくれた。その様子を見て、胸が痛む。
本当は、鞠花や沙紀を連れていって、須田優也の魅力を存分に見せつけたいところなのだけれど──日菜子には、どうしても、彼女たちと一緒には行けない事情があるのだった。
「公演まであと二日かあ。楽しみだね」鞠花が天井を見上げて満面の笑みを浮かべた。「あ、そうだ、このあいだ貸した原作漫画、読み終わった?」
「とりあえず、最終巻まで読んだよ。今三周目に取りかかってるとこ」
「え、やば」
「アニメも実写映画も借りてきて全部見たし、鞠花がおすすめしてた恋愛ゲームもクリアしたし、過去の舞台公演のDVDもあらかたチェックしたし……あと、何か忘れてることないかなぁ」
「うーんと、それはもう十分だと思う」
「あ、当日着ていく服は決めたよ! 一か月くらい前から雑誌をいろいろ読んでたんだけど、なかなか決まらなくって。やっと、このあいだ、土日二日間かけて、上から下まで全部揃えてきたんだぁ。あと、勢い余って下着まで買っちゃった!」
「下着ぃ?」鞠花が仰のけ反った。「日菜ちゃん、めっちゃ気合い入ってるね。私も、もっと頑張らなくちゃ」
「そうだ、ダイエットもだった。三キロ瘦せるって決めてたんだけど、あと〇・五キロがなかなか落ちなくて、あともうひとふんばり。プチ断食すればいけるかな?」
「日菜ちゃんはそれ以上瘦せなくていいよ。十分可愛いんだから」
沙紀がお決まりの台詞を口にした。嬉うれしいけれど、やっぱり妥協はできない。今日も晩御飯はおかずだけにして、炭水化物抜きダイエットに励む予定だ。
舞台『白球王子』の内容やキャストについて鞠花や沙紀と熱い議論を交わしているうちに、木曜日の昼休みは終わっていった。こういう話ができる女子と去年に引き続き同じクラスになれたという点で、日菜子はずいぶんと恵まれている。
そしてまた、クラス文集の『すぐに彼氏ができそうな女子ランキング』に追掛日菜子が決してランクインしないだろうことは、今年もほぼ確定していた。
*
家に帰ったら、まずはリビングに顔を出して母に「ただいま」と声をかける。ダイエットをしていないときはお菓子を食べて、ちょっとばかり談笑する。それから、階段を駆け上がって、自分の部屋へと飛び込み、四方の壁から寄せられる推しの視線を全身で受け止める。
一日の中で、もっとも幸せな瞬間だ。
「優也くん、今日はブログ更新してるかなぁ」
日菜子はスキップをしながら部屋を横切り、自分の机の前に座った。勉強机というよりは、すっかりパソコン用の机になっている。まあ、反対側にある兄の勉強机だって漫画とライトノベルと携帯ゲーム機で埋まっているのだから、似たようなものだ。
ノートパソコンを開いて、電源を入れた。立ち上がるのを待つ間に、手元のスマートフォンでツイッターとインスタグラムをチェックする。友達と繫つながる用途ではなく、趣味専用に開設したアカウントだ。
ツイッター上で、日菜子は須田優也のプロフィールページを開いた。画面をスクロールして、過去の投稿内容を辿たどっていく。
もちろん、須田優也が公に発信したことは日菜子のタイムラインにも流れてくるから、わざわざこうやって調べるまでもなくすべてチェック済みだ。でも、推しのSNSをフォローすることの一番の醍醐味は、投稿そのものを読むことではなかった。
ブログやホームページにはなく、SNSにはある楽しみ。
それは──推しの発信する個人的なメッセージを覗き見できることだ。
須田優也が、他の俳優や知り合いに、どんな返信をしているのか。
どういう人と仲が良くて、どんな言葉にどんな反応をしているのか。
その一つ一つを見ていると、まるで優也が自分の友達の一人であるかのように錯覚することができる。
また、極めて重要な情報が手に入ることも多かった。
「あっ」
今日も、どうやら収穫がありそうだった。須田優也のツイートの中に、『明後日、合流するの楽しみにしてる!』というリプライを見つけ、日菜子は画面をスクロールする手を止めた。
すかさず返信先をチェックする。大平昴、という名のアカウントだ。知らない名前だけれど、フォロワー数が千を超えているから、おそらく俳優仲間だろう。
大平昴のプロフィール欄には、過去の出演作が列挙してあった。その中に『白球王子』の四文字がないことを確認し、日菜子は思わず胸の前でガッツポーズを作った。
一般的に、さほど世間に認知されていない若手舞台俳優たちは、それぞれが出演する舞台を互いに見に行くことが多い。そして、狭い会場の場合、関係者席と一般席の仕切りはほぼない。日菜子のような一般枠の観客でも、友人の出演舞台を見に来ている若手俳優を簡単に見つけることができるのだ。
『白球王子』の出演者ではない大平昴に対して、須田優也は『明後日、合流するの楽しみにしてる!』とメッセージを送っている。明後日の土曜日は昼公演と夜公演があり、優也が日中出歩ける時間はないはずだ。
つまり、これは──。
「計画変更、っと」
日菜子は床に置いてある鞄から手帳を取り出し、メモ用のページを開いた。今しがた入手した情報を元に土日の行動予定を練り直すべく、机の上に転がっていた消しゴムを手に取る。
「鞠花や沙紀と行きたいのは、山々だけどさぁ」
独り言を言いながら、会場外で出待ちをするつもりだった土曜夜の予定を丁寧に消していく。
舞台鑑賞に、連れは要らない。
その理由は──。
「こんな姿、見せられないもんね」
日菜子はそっと呟いて、この半年ですっかり使い古してしまったピンク色の手帳に書き込んだ。
『二十一時~ 大平昴を尾行』
片想い探偵
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