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SUNNY 強い気持ち・強い愛

2018.09.01 公開 ポスト

毎日同じ朝のルーティーン。そういう「安定」を私は望んだのだ。黒住光

 あの頃……何であんなに、楽しかったんだろう?……何であんなに、笑ってたんだろう?

 テケテケテケ……と、枕元に置いたスマホのアラームが静かに朝を告げる。

 目覚める時の私は、無だ。何の感情もない。ディズニーアニメのお姫様のように「おはよう、森の小鳥さんたち♪」なんて歌い出すわけでもなければ、サスペンスドラマのヒロインのように「ギャーッ!」と悪夢にうなされて飛び起きるわけでもない。アラームが鳴っているから起きる。ただそれだけだ。

 背を向けて寝ている夫をベッドに残し、一人起きてリビングのカーテンを開くと、顔も洗わず、家族の朝ご飯を作る。夫には炊きたてのご飯と具沢山の味噌汁、納豆と目玉焼き。娘にはフレンチトーストと野菜スープ、サラダとフルーツスムージー。決して手を抜かないのが専業主婦としてのプライドだとか、そんな意識の高さもなく、ただ黙々と作業をこなす。朝食と同時進行で娘のお弁当も手際よく作り終えたら、やっと顔を洗いにいく。

 洗面台の前に立って、初めて少しずつ感情が目覚めてくる。鏡の中のすっぴんの顔に向き合い、目尻のシワを見て思わずウーンとなる気持ち。指先で皮膚を伸ばして、ウィンクしてみて、「大丈夫。まだギリギリ大丈夫」と自分に言い聞かせる。

 毎日同じ朝のルーティーン。何もドラマチックなことなど起きない、条件反射だけで生きていける生活。それでいいのだ。そういう「安定」を私は望んだのだ。

 実際、私は幸せだと思う。外車のディーラーをやっている夫は稼ぎがよく、都心にほど近い閑静な住宅街にハイエンドマンションを買った。白いインテリアで統一された明るい二十畳のLDK、広々として清潔なアイランドキッチン。ここで朝食を作るのが面倒くさいなんて、SNSに書いたりしたらきっと炎上するだろう。私はたぶん世間的には富裕層と呼ばれる暮らしをさせてもらっている。

 夫と娘を起こしにいって、朝食の席に着く。私が食べるのはトーストとベーコンエッグ。ダイニングテーブルに横並びになった3人は目を合わせることもなく、別々のものを食べながら、別々のことをする。高校生の娘はスマホでLINEのやりとり。夫はタブレットでビジネス情報のチェック。私は娘の弁当の盛り付けを手直ししながら、テレビの音を聴いていた。『めざましテレビ』の軽部アナが芸能情報を伝えている。

「……さて、次の話題です。日本が誇る歌姫、安室奈美恵さん。デビュー25周年を記念して、故郷の沖縄でライブを行いました」

 ハッ、と顔を上げて、テレビ画面を見る私。

 安室ちゃんだ……。

「安室奈美恵、故郷でデビュー25周年ライブを開催。大ヒット曲『Don't wanna cry』をはじめ、『SWEET 19 BLUES』『Can You Feel This Love』などを披露。2万6千人を魅了しました」

 新人女子アナが淡々と原稿を読んでいる。彼女はきっと知らない。私たちが安室ちゃんに夢中になった、あの時代を。

 

※こちらは『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(黒住光著)の試し読みです。続きは、9月2日公開予定です。

 

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SUNNY 強い気持ち・強い愛

笑おう、あの頃みたいに――。珠玉の90年代J-POPと超豪華キャスト陣の競演で贈る、最強の“笑って泣ける青春映画”。自分らしく生きるって、楽しんで生きるって、そういえば、こんな気持ちだったんだ……

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黒住光

1963年、岡山県生まれ。フリーライター。脚本家として『クレヨンしんちゃん』『おでんくん』など多数のアニメシリーズ、大根仁監督のドラマ『まほろ駅前番外地』『リバースエッジ 大川端探偵社』『ハロー張りネズミ』などに参加。

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