Lalala…… いつの日か I'll be there……
画面の中で歌う安室ちゃんは今もパワフルで、若々しかった。目尻のシワなんかない。いや、むしろあの頃よりも美しい。それはそうだ。彼女の仕事は朝食を作ることじゃないんだから。安室ちゃんは今もステージでカッコよく輝いてくれている。私たちのために。
今日もため息の続き 1人街をさまよってる
エスケープ 昨日からずっとしてる
部屋で電話を待つよりも
歩いてる時に誰か ベルを鳴らして!
もうすぐ大人ぶらずに 子供の武器も使える
いちばん旬な時
さみしさは昔よりも 真実味おびてきたね
でも明日はくる
SWEET SWEET 19 BLUES ただ過ぎて行くよで きっと身について行くもの
SWEET SWEET 19 DREAMS R&B(リズムアンドブルース)
まるで毎日の様なスタイル
安室ちゃんが『SWEET 19 BLUES』をリリースした時、私はまだ18歳だった。19歳になったらどうなるんだろうって、あの頃は1年先の未来も見えなくて怯えていたのに、気がついたらもう、あれから20年が経っている。
「いやぁスゴいですよね。90年代から現在に至るまでずっと、今もトップスターであり続けているというのは、これホントにスゴいことだと思いますよねえ。その安室さん、当時の女子高生たちの憧(あこが)れの存在でありました」
軽部さんの解説に沿って、90年代の女子高生たちの映像が流れた。渋谷のセンター街を闊歩(かっぽ)する女子高生たち。
「1995年頃から女子高生たちのコギャルブームが巻き起こり、ルーズソックス、ラルフ・ローレンのカーディガンに、茶髪というスタイルが一大ブームに。この時期同時に、安室奈美恵さんのミニスカートに厚底ブーツ、茶髪のロングヘアに……」
懐(なつ)かしい。私は知っている。この時代の空気を知っている。バカみたいに笑いながら、路上で異様なテンションではしゃいでいる茶髪の制服女子たち。ここに映っているのは私たち自身の姿だ。
あの頃、何であんなに楽しかったんだろう。何であんなに笑ってたんだろう……。
トーストをかじる手を止めてテレビ画面に見入っていたら、ふいにチャンネルが切り替わった。娘が「ふん……」と、つまらなそうに息を吐はいて、テレビのリモコンを置く。娘は当然あの時代を知らないし、興味すらないらしい。切り替えたチャンネルの番組を見るわけでもなく、無言で立ち上がった。
「もう、全然食べてないじゃない。ちょっとぉ、繭(まゆ)!」
私の言葉に娘は何も答えず、さっさと自分の部屋に行く。夫は気にもかけずタブレットを見続けている。
娘の繭は高校一年。反抗期でいつも不機嫌な顔をしている。私の知る限りでは、グレることもイジメられることもなく無ぶ難なんに高校生活を過ごしているみたいだけど、学校の友達の前ではどんな顔をしているのだろう。笑っているのだろうか。バカみたいに踊ったりすることもあるのだろうか。
繭が身支度を終えて部屋から出てくると、夫も立ち上がる。
「あ、そうだ。来週からシンガポールに出張だから」
ジャケットを羽織(はお)りながら、夫がそう言った。いつも急に予定を告げられる。
「ああ、はい。……お見舞いは?」
脚を骨折して入院中の私の母のところへ、来週あたり一緒にお見舞いに行こうと話してあった。
「うん、任せるよ」
夫は財布から一万円札を適当に5、6枚抜き出し、私の手に押しつけた。壁の鏡の前で髪をいじっていた繭がそれを見て、「私にも」と父親の顔を見上げた。こういう時だけは可愛く口角を上げてみせる。夫が五千円札を渡すと、繭は不機嫌な顔に戻って「行ってきまーす」と出ていった。夫も何も言わずにそのまま出ていく。
「行ってらっしゃい……」
娘と夫の背中に向けた私の声が、広いリビングに虚むなしく取り残された。
※こちらは『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(黒住光著)の試し読みです。続きは、9月3日公開予定です。
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SUNNY 強い気持ち・強い愛
笑おう、あの頃みたいに――。珠玉の90年代J-POPと超豪華キャスト陣の競演で贈る、最強の“笑って泣ける青春映画”。自分らしく生きるって、楽しんで生きるって、そういえば、こんな気持ちだったんだ……