「シャーデンフロイデ」、それは他人を引きずり下ろしたときに生まれる快感のこと。インターネットやテレビのワイドショーなどで、最近よく見かける光景かもしれませんね。
脳科学者の中野信子さんは、この行動が脳内物質「オキシトシン」と深く関わっていると分析します。なぜ人は「妬み」という感情をおぼえ、他人の不幸を喜ぶのか? その謎に迫った『シャーデンフロイデ』より、一部を抜粋してお届けします。
「メシウマ」という感情の正体
ある人が一人だけ得をしている状態から、みんなと同じか、あるいはそれよりも低い状態に引きずり下ろされたときに喜びを感じる、シャーデンフロイデという感情について、述べてきました。
「他人の不幸で今日も飯がうまい」の略でメシウマというネットスラングがありますが、まさにこの表現がぴったりともいえるような感情でしょう。
この感情は個人の間でも生じますが、集団内で生起したときに、集団にとって都合の悪い個体を標的として「発見」し、「排除」するために使われます。
さらには「あの人一人だけ得をしているのではないか」ということだけではなく、目立つ、異質という場合にもこのアンテナは反応してしまいます。
たとえば、一人だけかわいい、一人だけ東京から来た、一人だけ○○など、ありとあらゆる要素があります。ヒトには承認欲求があるので、対象が目立っているだけで、その人に妬みを感じる可能性があると言えるでしょう。
読者の皆さんのなかにも、思い返してみれば排除したり、排除された経験をお持ちの方がいるのではないでしょうか。「ああ、あれはそうだったんだ」と、苦いような思いが湧き上がって、思わずこの本のページをめくるその手を止め、気持ちを鎮めるためにコーヒーでも飲みに行きたくなる人がいるかもしれません。
「目立つ人」が叩かれる理由
ひょっとすると身近にいる誰かとの間にはこんな経験をしたことがない、という人もいるかもしれませんが、でもたとえば、目立つ有名人に対しては、どうでしょうか。
「最近目立っているあの人」
「もうすこし、あの点をこうすればいいのに」
「なんかがさつ」
「どこがいいの」
「成金のくせに」
「上から目線で気に入らないんだよね」
──などという形で「検出」が行われ、
「あの人がちょっと痛い目に遭えばいいのに」
「掲示板に書き込んでやれ」
「コメント欄で炎上させてやれ」
「ツイッターで攻撃してやれ」
「どうもへこんでいるらしい」
「いい気味だ」
──というように、「排除」が実行されていきます。
実にいやらしい心の動きですが、まさにシャーデンフロイデとはこうした機能を持つ感情です。この感情には、既存の集団や社会を守る働きがあるのです。
バッシングはヒトの本能だ
最近目立っているあの人、として人々の目に映るのは、既存の社会を壊そう、変えようとする人のことです。こうした人の台頭を許さないというのは、生物種としてのヒトに仕組まれた特性です。
この犠牲になった人の例はいくらでも挙げられるでしょう。近年では、橋下徹さんや堀江貴文さんが標的になることが多かったかもしれません。少し時代をさかのぼれば、鈴木商店という例がありました。
鈴木商店というのは、日本一の総合商社として、明治・大正時代の日本を牽引した幻の会社です。売り上げは当時のGNPの1割に相当したと言います。しかし、そのあまりの急成長ぶりは、人々の「妬み感情」を引き起こしてしまいます。ついには、大正7年の米騒動のとき本店を焼き打ちされてしまうのです。
もっと時代をさかのぼれば、もはや伝説的ともいえる例であり、別格かもしれませんが、宗教家に日蓮という人がいました。歴史の授業で習うと思いますが、この人は人々をぎょっとさせるようなことを敢えて強く述べるというスタイルでの弘教を行いました。
こうした行動には驚きがあり、ひどく目立つ方法ですから、大衆から受ける杖木瓦石(杖や石などで攻撃されること)に始まって、彼は最終的には国家権力によって命を奪われようという目に遭うことにもなったのです。
まさに、「シャーデンフロイデ」を感じたのではないでしょうか。
ほとんどすべての人間は、目立つ人が失敗することを、社会正義だと信じているのです。