従来のビジネスモデルが崩壊し、モノが売れなくなっているいま、ビジネスにおける成功は「コミュニティ」を持っているかどうかで決まる……。『君たちはどう生きるか』『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』を仕掛けたメガヒット編集者、佐渡島庸平氏は、コミュニティの可能性をいち早く感じ、実践してきた第一人者だ。著書『WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE.』は、そんな氏の「コミュニティ論」がたっぷり詰まった1冊。今回は特別に本書の一部をご紹介します。
ビジネスの「基本」をまず考える
コミュニティを持つことがビジネスになるのか? 短期的なビジネスになっても意味はない。できる限り、持続可能な仕組みを作り上げたい。
新しいことを始めるときに考えるのは基本だ。基本は、時代が変わっても変わらない。表面的な演出などが変わるだけだ。
どんな産業も、そんなに仕組みは変わらないはずで、異常な仕組みは、結局は淘汰される。ネットによって、不自然なものは、より早く排除されていく。どんどんなめらかになっていくのだから、基本に忠実なほうがいい。
パレートの法則で説明される、2割の主要な顧客が8割の売上を支えるというものがある。ほとんどの産業が、この仕組みで動いている。レストラン、飲料、アパレル、アミューズメント施設などなど。しかし、世の中の広告のほとんどは、この仕組みを無視している。たまにしか買ってくれない顧客、もしくは全く買ってくれない顧客のために広告宣伝はされている。
僕は、お茶の「綾鷹」の味が好きだけれど、そのCMを見て、もっと綾鷹を好きになったり、より飲んだりはしない。僕が欲しいのはもっと違う情報だ。2割の大切な顧客を把握する方法が今までなかったから広告はあった。しかし、それがある産業は、そのデータを有効活用する施策を行なっている。
たとえば、飛行機のマイレージ。飛行機は、消費者の詳細な情報を、必然的に手にする。だから、消費者ごとの特徴をデータベースにためることも可能だし、個別のサービスを行なうことができる。マイレージをためて特別なクラスになると、圧倒的に楽になるから、多くの人がマイレージをためようと努力する。そして、高いクラスへ行くことができると、もう別の航空会社を使わなくなる。
そもそも飛行機は、ファーストクラスとビジネスクラスが満席になれば、利益が出る構造になっていて、たくさん乗る人に対して、どうしたらもっと乗ってもらえるかを工夫するのが、ビジネス的には効率がいい。これができるとビジネスは継続していく。
出版社をアップデートしたい
同じことを出版でやろうとすると、どうすればいいのか? 『ドラゴン桜』を好きな人が、何冊も買うことはない。『ドラゴン桜』のコミック売上の8割を、熱心なファン2割が占める、ということは、絶対に起きない。
では、CDでそれを起こすためにはどうすればいいかと考えて、握手券をつけるというアイデアで大成功したのが、AKB48だ。CDの売り方としては珍しかったが、ビジネスの手法としては、実は王道中の王道だった。
おそらく本全体では、本好きの2割が8割の売上を支えている。しかし、作家においては、ファンの2割が、8割の収入を支える仕組みになっていない。それを実現するのが、僕のやりたいことだ。
ネットは、弱いものに力を与える。個別化を進めて、不自由な仕組みをなめらかにする。そう考えると、やることが明確になってくる。
コミュニティは昔からあり、ビジネスの基本だと考えて、過去のビジネスを振り返ってみると、既存企業の違う姿が浮かび上がってきた。
講談社や小学館の創業者たちがやったことは、本好きのコミュニティをマネージメントすることだった。日本は全国津々浦々に書店がある。そして、ほぼ同じ日に雑誌を発売できる。その販売網を作ったことは、すごいことだ。今となっては驚くことではないが、本独自の流通を作り、本好きコミュニティを日本全国に作り上げた。そのおかげで、日本は、世界の先進国と比べても、本を読む人が多い。
ネット以前の社会においては、本好きというのが、ビジネスとしてマネージメントできるちょうどいいコミュニティの大きさだった。しかし、それはすごく不自由なコミュニティで、もっと小さいコミュニティのほうが、本当は楽しめる。僕は文学部へ行って、そこでたくさんの本好きと会ったけれど、好きな本の種類が違って、本当の意味で心を通わせることができなかった。
僕がやることは、完全に新しいことではなくて、日本の出版界の礎を築いた人たちの行為をネット社会へとアップデートすることだとわかった。それで、何を学べばいいのか、どう動けばいいのかが見えてきた。
僕は自分を育ててくれたのは、講談社だと思っている。そして、今まで読んできた、たくさんの本であり、それを生み出してくれた出版界だと思っている。だから、自分のやろうとしていることが、出版社の否定ではなくアップデートだと理解したときに、僕は一気に動きやすくなった。