旅を日常からの脱出だと定義するならば、観光地を巡ることだけが旅でありません。今日から始まる特集「大きな旅・小さな旅」では、自分を遠くに連れだしてくれる“旅”にまつわる記事をご紹介します。まずは「ダークツーリズム」という旅の手法から。8月9日は、74年前の1945年、長崎に原爆が投下されました。その歴史を忘れないためにも、人類の悲劇を巡る旅のすすめです。
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人類の悲しみの記憶を巡る旅を続けてきた観光学者の井出明さんと、都市の闇に分け入り観察を続けてきたジャーナリストの丸山ゴンザレスさん。このたび、お二人の最新作――『ダークツーリズム』(幻冬舎)と『GONZALES IN NEW YORK』(イースト・プレス)の出版を記念して、お二人が世界中を旅しながら見てきたことを語りあいます。
(構成:東谷好依 撮影:菊岡俊子)
自分がしてきた旅は「ダークツーリズム」だった
丸山ゴンザレス(以下、丸山) 先生は、2011年に小樽商科大学で国際シンポジウムが開催された際に、初めて「ダークツーリズム」という言葉を知ったんですよね?
井出明(以下、井出) そうなんです。そのシンポジウムで、網走監獄やアイヌの差別など、近代の悲劇の歴史が北海道の観光資源になるという話をしたんですね。そうしたら、ニュージーランドから来ていた先生が「それはダークツーリズムと呼ばれていて、ヨーロッパでは盛んに研究されている」と教えてくださいまして。自分がしてきた旅は、ダークツーリズムと呼ぶんだと、そのとき初めて知ったんですよ。
丸山 なるほど。僕の場合は、先生も関わっているムック『DARK tourism JAPAN』(大洋図書)が発売された頃から、ダークツーリズムという言葉を意識し始めるようになりました。振り返ってみると、バックパッカーをしていた20歳くらいのときに、スラム街にちょっと足を踏み入れたことが自分なりのダークツーリズムの始まりだったのかなと思います。
そのエピソードを日本に帰ってから話すと受けが良くて、次もそういうところに行ってみようと足を運んでいたところ、それが仕事になっていきました。ダークツーリズムともいえるし、僕の中では都市冒険として位置づけていたりもしますね。
井出 最初はどこのスラムに行かれたんですか?
丸山 タイのファランポーン駅北側の線路沿いにある、小さいスラムです。そのあと、クロイトンスラムなど有名なスラムにも行くようになり、次第に各国の都市のスラムを旅するようになっていきました。
井出 都市にこだわっている理由は?
丸山 都市を構成する要素というのは複雑で、きらびやかな部分があれば、必ず対をなす濃い闇がありますよね。違法性をはらむような場所は、都市のもう一つの顔なわけです。その闇を含めて観察することで、街を立体的に見ることができると思っているんですよ。
8月に出版した『GONZALES IN NEW YORK』でも、ニューヨークという巨大都市を立体的に見るために、ガイドブックには載っていない都市の闇を切り取りました。
井出 都市が光と陰の両面を併せ持つことを、認めたがらない人は、けっこう多い気がしますね。以前、首都大学東京で准教授をしていたときに、大学全体がオリンピックの招致に燃えていたんですが、1964年の東京オリンピックのときにあった強制立ち退きを掘り下げて研究しようとしたら、大学関係者からはかなり嫌な顔をされてですね……。それで大学に居づらくなって、結局は退職したんですよ。
丸山 街というのは、陰の側面を取り除いたところで、いい方向に向かうとは限らないですよね。その好例といえるのが、インドネシアの第二の都市であるスラバヤにあった、「ドリー」という置屋街です。東アジア最大の置屋街として、世界的に有名になりすぎたために、新しい市長が公約として閉鎖を掲げていたんですね。2014年に新市長が閉鎖を決定して、実際に実行されたんですよ。
そのニュースを見て、面白そうだと思い、閉鎖の約1ヵ月後にドリーを訪れてみたんです。そうしたら、街全体が廃墟になっていたんですよね。ブティックとか、ヘアサロンとか、置屋街にぶら下がっていた産業がみるみる衰退し、一気に人がいなくなって、ゴーストタウン化していったみたいです。そういう事例を見ていても、都市の陰の部分をなくしましょうという考えは、街としての可能性を狭めると感じますね。
個人旅行が最適解ではない。まず「見てみる」ことが大切
井出 非常に興味深い事例ですね。最近では「スラム学習」ということで、パッケージツアーを組んでいる旅行会社もありますよね。ああいうツアーに対しては、どのような印象を持たれていますか?
丸山 よく誤解されるんですけど、僕はパッケージツアーには、割と賛成派なんですよ。楽じゃないですか!ただですね、ツアーで目にするものを、ありのまま受け入れるべきではないと思いますが。
井出 というと?
丸山 ジャカルタを訪れたときにスラムツアーに参加したことがあるんです。ガイドが案内してくれるやつで、ちょっとでも横道に入ろうとすると、「危ないからやめてください」って怒られるんですよ。ガイドの目がなくなった隙に、サッと横道に入ってみたら、さっきまで「うう……」と苦しそうにしていたおじちゃんが、ハンモックに横たわりながらiPadで本を読んでいました。スマホはiPhoneでしたね。
スラムという共同体の利権が、そこで垣間見えるわけです。もちろん、その人がちょっと稼いでいるからといって、スラム全体が潤っているかといえば、そうではない。もしかしたら、本当にお金がなくて、たまたまiPadとかiPhoneを誰かにもらっただけかもしれない。それでも、パッケージツアーにおけるスラム見学は、運営している人たちが見せたい現実を見せてくるという側面を含んでいることを知っておいたほうがいいでしょうね。
井出 パッケージツアーは、安全が担保されていて、よくまとめられたもの。そういうふうに理解して、最初の一歩を踏み出すために利用するといいのかもしれません。若い人たちが、最初から丸山さんの旅の形態をコピーしようと思うと、なかなか難しいわけですから。
丸山 「クレイジージャーニー」(TBS)のディレクターさんも、最初はスラムに入るのを嫌がっていましたからね。知り合いから「行きたい」と言われて連れて行くこともありますが、いざ現地まで行くと、そこの空気に呑まれて先に進めなくなることが多いです。
ただし、行きたいと思うなら、まず行ってみたほうがいいと思います。一般的な観光と異なる旅では、危険かどうかという議論が必ず巻き起こりますよね。あの議論は、僕は必要ないと思っているんです。現地で起こっていることに関して、帰ってから議論する分にはいいけど、そこを訪れることを議論しても仕方ない。まずは行ってみて「意外と危なくないな」とか「思っていた以上に殺伐としていたな」などと感じることが大事だと思うんです。こういうとき、「自己責任」がついてまわるんですが、安全にこだわって何も見ないというのは、僕にはできない選択ですね。
アートによるスラムの浄化は成功といえるか?
井出 世界的に、アートによってスラムをイノベーションして、小ぎれいな街に変える流れがありますよね。日本では、横浜の黄金町や京都の崇仁地区などが有名です。黄金町なんかは、成功例だと横浜市は言っていますが……。
丸山 個人的な意見ですが、アートによるイノベーションの成功例って、あまりないと思っています。
井出 ニューヨークはどうですか?
丸山 ニューヨークは例外、むしろ唯一ぐらいの成功例ですね。ニューヨークは、グラフィティアーティストの地位が高いですから。グラフィティアーティストたちが、治安の悪い場所でも、そこに絵を描く意味があると、価値を見出す人たちがいる。ニューヨークじゃないと、それは成り立たないと思うんです。
つまり、一過性のことをしてもダメなんですよ。アーティストが継続して活動し、そこで暮らす子どもたちが活動に興味を持つような環境であれば、地域を変える可能性はあると思うんですけど……。行政主導の一過性のものは、絶対に続かないからやめたほうがいいと思っています。ペンキが剥がれ落ちた、元はファンシーな絵があった壁とか、途上国のスラムではよく見るんですが、なんか悲しくなります。
井出 黄金町の場合は、街をきれいにしたことで家賃が高くなりましたから、もともと住んでいた低所得の人などは、出て行くしか選択肢がなくなってしまいましたよね。そういう現状を見ていると、都市のツケを別の地域に回しているだけのような気がしてならないんですよ。
丸山 まさにそうですね。都市の闇というのは、つぶしても形を変えて、またどこかに生まれるんですよ。マカオの辺りでは今、売春街を一掃した結果、クラウド売春が当たり前になりつつあります。売春婦を買うためのサイトやアプリが、次から次へと立ち上がっているんです。そうなると、行政も取り締まりようがない。顕在化していたときと、見えなくなってしまった今と、どちらがいいかというのは、議論すべきところですよね。
(第2回に続く)