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カラス屋、カラスを食べる

2018.10.13 公開 ポスト

第2話 / 「味覚生物学のススメ」篇

若いカラスはよく空きっ腹で死ぬ松原始(動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。)

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。


 大学の研究室というところは、ちょいちょい、妙なものを食える。

 ある日、私たちは一乗寺(※編集部注:京都の地名。松原先生は京都大学出身であります)の平野の部屋に集合した。テーマは「ちょっと変わったものを食べてみる夕べ」。食べるのは、ハシボソガラスとハクビシンである。

 参加者は私、そしてハクビシンの提供者である秋山。こういう時は忘れず顔を出すクボ、家主の平野。そして秋山の研究室に入った子で、カラスやってみようかな? というミドリちゃん。ただし彼女はごく普通の女の子であって、この怪しい面子(メンツ)の中では浮き気味だ。ハギスの中におはぎが交じっているくらい、浮いている。ちなみにハギスというのは刻んだモツや肉を羊の胃袋に詰めて蒸すか煮るかした、スコットランドの名物料理だ。ミンチの詰まったソフトボール、あるいは肉々しい餅巾着と思えば、だいたい合っている。こう書くと相当気色悪いものに思えるが、先輩の土産を食った限り、別にまずいものではない。ただ、見た目は想像に忠実に、気色悪い。

 ハシボソガラスを持ち込んだのは私。こないだ調査地で死にたてほやほやの死骸を拾ったからである。かわいそうに明け方の冷え込みで死んだのか、死後硬直も始まっていないくらい新鮮だった。研究室に持ち帰って解剖してみたら、若い雄とわかった。生殖腺を探しても見当たらず、解剖に慣れた先生に見てもらってやっと見つけたのは、小指の爪の先ほどで白豆のような形をした、背骨の左右にへばりついている器官だった。春だというのに全く発達していない。繁殖していないということだ。

 この個体が誰なのかは、だいたいわかっている。前日の調査中に見かけた、3羽の若い他所者(よそもの)のうちの1羽と見て間違いないだろう。

 死骸を拾った日の前日、下鴨神社では、α(アルフア)、β(ベータ)と名付けた顔見知りのハシボソガラスのペアが怒りっぱなしだった。駐車場のハシボソペアも怒りっぱなしだった。馬場のハシボソペアも怒っていた。この3ペアの縄張りの中に、3羽の若いハシボソガラスが下りて来たのである。どの縄張りの中に入っても追い立てられ、若造たちは縄張りの接する狭い隙間、直径10メートルほどの範囲に押し込められてしまった。

 日没になり、私が調査を終了するまで、若い3羽はそこにいた。多分、夜もそこにいたのだろう。前日の騒ぎで、彼らはほとんど餌を取れなかったはずだ。そして夜半から真冬に戻ったような寒さ。かわいそうだが、餌不足のまま凍える夜を過ごし、朝は迎えたがもはや限界だったのだろう。

 小鳥の中には、寒い夜には一晩で体重が10パーセントも減るものがいる。脂肪を燃やして体温を維持しているのだ。翌日の昼間にせっせと食べて減った体重を回復させなければ、夜の間に死ぬ。冬のスコットランドでの研究例では、セキレイが昆虫を捕まえるペースは秒単位だったという。何分に1匹なんて悠長なことをしていたら死ぬのである。私もチドリの消費エネルギーと採餌量について大雑把な計算をしてみたことがあるが、小さな餌しか取れない条件だと、やはり秒単位で餌がいるという予測結果になって驚いた。

 翌日、朝早くに来てみたら、βが低い枝に止まって、下を向いてガーガー鳴いていた。昨日の喧嘩がまだ継続中か、と思ったが、それにしては相手のカラスが見えない。地上に向かって威嚇しているというのも妙だ。よく見ると、草の間に黒いものが見える。はて、黒猫だろうか?

 覗き込むと、それは地面に転がるカラスの死骸だった。

 ペアの片割れが死んだのかと心配したが、見ていたらもう1羽のハシボソガラスがやって来た。これはどうやらα君だ。すると、あの死骸は? ああ、そうか。昨日の若い奴らの1羽か。

 社務所に断りを入れてから、カラスの死骸を拾い上げ、ビニール袋を二重にして収容した。こんなこともあろうかと、デカいゴミ袋は常にデイパックの中に入っているのだ。何か拾った時とか、荷物を防水したい時とか、いろいろと役に立つ。

 この死骸は研究室に持ち帰り、各部を計測した後で解剖した。性別と胃内容を見たかったからだ。性別は若い雄。消化管は完全に空っぽだった。かわいそうに、本当に何も食えなかったのか。ついでに皮を少し剝いでみたが、脂肪は全くない。野生動物だということを考えに入れても、かなり瘦せていると言えるだろう。空きっ腹で凍死、という推測を裏付ける状態だ。

 カラスも野生動物である以上、その生活は安全ではない。若いうちは特に、このように餌の取り合いに負けて餓死するものは多いはずだ。それ以外にも病気になったり、タカに襲われたり、防鳥ネットに絡まったり、路上の動物の死骸をつついているうちに自分も轢かれたり、いろんなところで死ぬものである。

     *

つづく。本連載は毎週水曜・土曜更新です。マツバラ院生、次回はとうとうカラスをぱくり。どうやって食べるの…? 味は…? ご期待ください。

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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