京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。
さて、解剖して必要な情報は得られた。骨は動物系統学研究室の山崎君にあげるとして、この肉をどうしたものか。瘦せているとはいえ、胸肉とモモ肉はそれなりのボリュームがある(もちろん、食肉用に品種改良されている鶏とは比べるべくもないが)。肉質は鴨ロースのような、暗い色の赤身だ。今朝は冷蔵庫のように寒かったし、死後硬直していなかったくらいだから、死後大した時間も経っていない。解剖しても臭くなかった。目のような脆弱な部位さえ、ほとんど傷んだ様子がない。これ、食ってみても大丈夫なんじゃね? もちろん火は十分に通すけれども。
というわけで、食えそうなところを切り取ってみた。まずは胸肉を、さすがに病気や寄生虫をもらうのは嫌なので(ただでさえフィールドワーカーにはそういう噂が絶えないのだ)、焦げるくらい念入りに焼いてみた。
よし、いくらなんでも、もういいだろう。シンプルに、塩を振って試食してみる。
……鶏レバー? ハツ?
なんというか、すごく内臓っぽい。モツ系のねっとりした臭いがする。はっきり言えば、血の臭いだ。歯触りは硬い牛肉みたいだ。鶏肉のような、ほろほろした繊維質はあまり感じない。嚙み締めてもジューシィとかいう感じはなく、ひたすら、ガシッと硬い。そして、嚙んでも嚙んでも血の味がする。それさえ嫌いでなければ、まあ食えない肉ではない。少なくとも、まずいとか臭いとかいうわけではない。
血の味は、これが自然死した個体で、血抜きしていないせいだろうか。ちゃんとシメて処理していれば、もう少し旨いのではあるまいか。適切に処理していない野鳥でこの程度の味なら、まあ悪くないだろうとは思う。しかし、ジビエを食う趣味でもない限り、わざわざ食べるほど旨いものとも思えない。
と思っていたら後で知ったのだが、カラスの肉は赤身だけあってミオグロビンを多く含み、加熱するとどうしても血というか、鉄っぽい風味が出てしまうらしい。レバーっぽいと感じたのはまさに正解だったのだ。レバーと同じで、焼けば焼くほど、この臭いは強くなる。かといって加熱が不十分では危険だ。また、個体によっては妙な臭みもあるらしい。下処理や加熱の具合など、かなり気を使わないとクセの強すぎる食材とも言える。
ちなみに、私が食べた時は周辺にいた人たちにも試食してもらった。結果は、「うまい」「まあまあうまい」が5人、「まずい」「まあまあまずい」が5人、「カラスなんか絶対食いたくない」が1人だった。
このハシボソガラスの残りの肉を冷凍してあったので、それを持って来たわけであった。一方、秋山が持って来たのが、彼が研究していたハクビシンの肉である。捕獲した個体が死んでしまったんだか、猟師から死骸を引き取って来たんだったか、とにかく食えるグレードのハクビシンの肉だ。秋山曰く、「中国では宮廷料理だったんだぞ」とのこと。料理法を聞くと「よく知らないがスープにしたらしい」と言う。ふむ、では煮込んでみるか。
鍋を借りて、小さく切ったハクビシンの肉と葱と生姜を入れ、コトコト煮てみた。そして、30分余り煮てから、出汁が出たかどうか味見してみた。
うむ、まったく、なんの味もしない。肉を食べてみると、ツルンとした白身だが、ひどく硬くてなんの味もない。鶏のササミをもっと素っ気なくしたようだ。
「すんげーあっさりしてる」
「味しない?」
「あかんな。もっと何時間も煮たら、どうかわからんけどな」
「どうする?」
「なんか出汁入れて誤摩化すか」
コンソメを入れ、塩、胡椒、醬油などで味を整える。カラスの方は簡単だ。塩胡椒を振って焼くだけだ。
私と秋山とクボはこういうものを面白がって食う方だ。部屋を提供してくれた平野も、我々の中では常識人だが、味見を拒絶するほどではない。
問題はミドリちゃんである。彼女は修士課程に入ったばかりで、動物教室とか農学部といった人外魔境の洗礼を受けていないのだ。だが、「いや食わなくていいよ、何か別のものを用意しよう」と言うほど、当時の我々も大人ではなかった。
*
つづく。本連載は毎週水曜・土曜更新です。ミドリちゃんの運命は…!? ご期待ください。
カラス屋、カラスを食べる
カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。
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