京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。
「いや~、ここは食べとかないと!」と笑いながら勧めた結果、ミドリちゃんは「対象動物を食ってこそ一人前の研究者」という噂を思い出し、泣きそうになりながらカラスの焼き鳥を食った。
後で聞いたところでは、このサバト(魔宴)が終わるなりコンビニに飛び込んでヨーグルトを買って食べ、必死でカラスの後味を消そうとしたものの、寝る時も何やら血なまぐささが残っていたと言っていた。未だに「あの時のカラスは生ゴミ味」と言い切ってはばからない(生ゴミってどんな味? などという突っ込みは控えておく)。実際、生ゴミとまでは思わないが、焼き鳥屋でハツとレバーを食った程度の後味は残る。
この出来事のせいかどうかは知らないが、ミドリちゃんは結局カラスを諦め、他の動物を研究することになった。
ハクビシンの方は、最後までやっぱり、ただただ淡白なままだった。そこまでしても臭みも何も出ないのは獣肉としては大したものだが、同時に味も出ないのは困りものである。よほど手を入れないとダメなのだろう。
最近になって知った、ハクビシンの正統な調理例は、次のようなものである。
ハクビシンの肉を湯通しして水洗いする。葱、生姜と共に炒め、スープを入れて短時間煮てから肉を取り出す。ニンニクと油を熱して香りを出し、ここにハクビシンを入れて油通しする。陳皮(ちんぴ)、生姜、ニンニクを炒め、椎茸と焼豚<烤猪肉(カオツウロウ)>を加え、ここにハクビシンを戻し入れる。醬油、砂糖を入れて炒り付け、スープを加え、塩、紹興酒、オイスターソース等で味を整え、弱火で約1時間煮て、最後にとろみをつけて胡椒を振り、レモンの葉を飾る。
……ここまでするのか? というかですね、茹でこぼしたり香味油を通したり、どうもかなり臭そうである。おかしいなあ、我々が食べたハクビシンはよっぽどクセのない個体だったんだろうか。
ミドリちゃんが思い出した「対象動物を食ってこそ一人前」というのは別に本当ではないが、一人前の研究者で、かつ対象動物を食ったことがある、という人がしばしばいたのは確かである。
ある時、アメフラシを研究している方の話をゼミで伺ったことがあるのだが、その方も「アメフラシを食べたことがある」と仰っていた。「どんな味なんですか」と聞くと、「すごくまずい。苦いというか、エグいというか……」と仰った。「そもそもなんで食べようと?」と聞いたのだが、「いやまずいのも理由があってですね、あれは捕食回避のために……」と説明された。
結局、その先生がなんでアメフラシを食べてみようと思ったのかは、謎のままだ。生物学者とはそういうものである。
もっとシンプルに、野生に戻っちゃう人もいる。
大学生の頃だ。屋久島でサルの調査中、何人かで林道を歩いていた時、先頭にいた一人が「マムシ!」と叫んだ。実際それはマムシで、林道上にいたのだが、とにかくこの声を聞いた瞬間に全員が後ろに飛び下がった。これは結構、重要なことだ。本当に危険な場合、相手を確認する前に飛び退かなくてはいけないこともある。アフリカで類人猿を調査していると、「ジャングルで異常を感じたらとにかくジャンプしろ」と言われるらしい。毒蛇のように足下から襲って来る相手の場合、飛び上がれば空振りさせられるからである。
だが、一緒にいたY先生だけは違った。
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つづく。本連載は毎週水曜・土曜更新です。次回、Y先生の「マムシの食べ方講座」!! ご期待ください。
カラス屋、カラスを食べる
カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。
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