京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。
先生は眼鏡の奥で目を光らせると逆に前に飛び出し、「枝ないか、枝!」と叫ぶと、「いや、もうええ! あった!」と言いながら道端の枝を拾い、マムシに飛びかかったのである。瞬時に首根っこを押さえ、満面の笑みを浮かべながら「いや、これはゴッツいなあ! かなりな大きさやないかい?」と言いながら60センチはあろうかというマムシを掲げてみせた先生は、「おう、誰かナイフ持ってるか?」と聞いた。深く考えずに腰のナイフを抜いて渡すと、先生は目の前でマムシの首を刎ね、そのままビーッと皮を引っ張って、まるで靴下を脱がせるようにペロンと剝いてしまった。
え? 首はともかく、皮は今ここでやる必要、あります? と思ったが、まだグネグネ動く血まみれのマムシ(の剝き身)をぶら下げたまま、先生の「マムシの食べ方講座」が始まった。
「マムシは蒸し焼きにするのがええんですよ。普通に焼くとパサパサになっちまうんやね。こう、ジュウシィに焼かんと」
「骨は柔らかいからこうチョンチョンッと切ってな、背ごし(魚を骨ごと輪切りにする造り方)にしても食えるんやけども、刺身はやっぱり寄生虫がなあ」
「アオダイショウはちょっと青臭いっちゅうからなあ。そらやっぱり、食うならマムシやろなあ。シマヘビはどうやったかなあ、松原君、食うたことあるか?」
ありませんし、知りません。
残念だが、この時、私たちは先生と別れて別のキャンプ地に向かったので、このマムシを味見することはできなかった。
初めてマムシを食ったのはその少し後、とある後輩のせいだ。
そいつは生物と見ればニタアッと笑って「これ、食えるんですか」と質問するので、「ゲテモノ食いのゲテ吉」と名付けられていた。普段は「ゲテキチ」を縮めて「ゲッキー」と呼ばれていた。そいつを見ているうちにふと思い付いて、別の後輩に「チョコチップゲッキーと粒つぶイチゴゲッキー、どっちがいい?」と聞いたら即座に「どっちもイヤです」という言葉が返って来た。
で、ゲッキーを含む何人かで山小屋に泊まっていた時、山歩きから戻ったら、謎の肉が置いてあったのである。その横には、ぺろんと剝いた皮も。どう見ても、マムシだ。
「これ、どうした」
「あ、ボクとって来ましたー」
やっぱりお前か。
さて、剝いてしまったのでは食うしかないが、どうやって食えばいいのか見当もつかない。皮を引いて洗ったマムシの身は青白く、ちょっと透明感があって、新鮮なサヨリのようだ。ヘビの体は全身が肋骨のようなものなので、身は背骨と肋骨の周りを覆うようについている。胸骨はない。つまり、腹側で骨格が繫がっておらず、断面にするとC字形をしているわけだ。
「これ、どうやって食うんですかぁ?」
「全然わからんが、まあシンプルに焼くか茹でるかが一番、味はわかるだろうなあ」
「じゃあ両方やりましょうよ!」
ゲッキーは大喜びで、マムシを半分に切った。そして、半分は網に載せてグリルにし、もう半分はコッヘルで茹でてみることにした。
まずはマムシのグリルである。これは寄生虫を警戒して焼きすぎた上、ゲッキーが胡椒をかけすぎたので、正直言って全く味がわからなかった。黒焦げでパリパリしてピリピリする何か、である。小骨が多いが、こんがり焼いてあるせいか、あまり気にせず食える。味はさっぱりわからない。焦げて苦いだけだ。まあ、少なくとも食えないほど、おかしな味はしない。
続いて、醬油を一垂らしした茹でマムシを試食してみた。パクッと食べようとすると骨が口に障る。ヘビは全長の大半にわたって肋骨があるから当然だ。横から齧りとるようにした方が食べやすい。
マムシは特にクセがあるとか生臭いとかいうことはなく、魚のような鶏肉のような、ごく淡白な味であった。一般に爬虫類や両生類はクセのない白身で、鶏のササミのような感じで食べやすい。カエルやワニもそんな感じだ。
驚いたのは、試しにコッヘルに残った湯を舐めてみた時である。こいつは大変いい出汁が出るのだ。身を食べるよりも出汁の方がうまいかもしれない。これは、意外な発見であった。結局このスープは捨てるには惜しく、そのまま、その日のシチューの出汁の一部になった。ただし、そう言ったら女の子たちの大ブーイングを食らった。
なお、言っておくが私はそんなに大したものは食っていない。せいぜい、昆虫くらいまでである。そういえば一度、正真正銘の「謎肉」を味見したが、詳しく語ると色々とマズいことがありそうなので、あまり触れないでおく。いや別に「ウミガメのスープ」とかではない。
*
つづく。本連載は毎週水曜・土曜更新です。次回、舞台は屋久島へ。手に入ったとある「肉」とは…。ご期待ください。
カラス屋、カラスを食べる
カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。
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