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カラス屋、カラスを食べる

2018.10.24 公開 ポスト

第5話 「味覚生物学のススメ」篇

「マムシはジュウシィに焼かんと」松原始(動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。)

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書『カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。

 

 先生は眼鏡の奥で目を光らせると逆に前に飛び出し、「枝ないか、枝!」と叫ぶと、「いや、もうええ! あった!」と言いながら道端の枝を拾い、マムシに飛びかかったのである。瞬時に首根っこを押さえ、満面の笑みを浮かべながら「いや、これはゴッツいなあ! かなりな大きさやないかい?」と言いながら60センチはあろうかというマムシをげてみせた先生は、「おう、誰かナイフ持ってるか?」と聞いた。深く考えずに腰のナイフを抜いて渡すと、先生は目の前でマムシの首をね、そのままビーッと皮を引っ張って、まるで靴下を脱がせるようにペロンと剝いてしまった。

 え? 首はともかく、皮は今ここでやる必要、あります? と思ったが、まだグネグネ動く血まみれのマムシ(の剝き身)をぶら下げたまま、先生の「マムシの食べ方講座」が始まった。

「マムシは蒸し焼きにするのがええんですよ。普通に焼くとパサパサになっちまうんやね。こう、ジュウシィに焼かんと」

「骨は柔らかいからこうチョンチョンッと切ってな、背ごし(魚を骨ごと輪切りにする造り方)にしても食えるんやけども、刺身はやっぱり寄生虫がなあ」

「アオダイショウはちょっと青臭いっちゅうからなあ。そらやっぱり、食うならマムシやろなあ。シマヘビはどうやったかなあ、松原君、食うたことあるか?」

 ありませんし、知りません。

 残念だが、この時、私たちは先生と別れて別のキャンプ地に向かったので、このマムシを味見することはできなかった。

 初めてマムシを食ったのはその少し後、とある後輩のせいだ。

 そいつは生物と見ればニタアッと笑って「これ、食えるんですか」と質問するので、「ゲテモノ食いのゲテ吉」と名付けられていた。普段は「ゲテキチ」を縮めて「ゲッキー」と呼ばれていた。そいつを見ているうちにふと思い付いて、別の後輩に「チョコチップゲッキーと粒つぶイチゴゲッキー、どっちがいい?」と聞いたら即座に「どっちもイヤです」という言葉が返って来た。

 で、ゲッキーを含む何人かで山小屋に泊まっていた時、山歩きから戻ったら、謎の肉が置いてあったのである。その横には、ぺろんと剝いた皮も。どう見ても、マムシだ。

「これ、どうした」

「あ、ボクとって来ましたー」

 やっぱりお前か。

 さて、剝いてしまったのでは食うしかないが、どうやって食えばいいのか見当もつかない。皮を引いて洗ったマムシの身は青白く、ちょっと透明感があって、新鮮なサヨリのようだ。ヘビの体は全身が肋骨のようなものなので、身は背骨と肋骨の周りを覆うようについている。胸骨はない。つまり、腹側で骨格ががっておらず、断面にするとC字形をしているわけだ。

「これ、どうやって食うんですかぁ?」

「全然わからんが、まあシンプルに焼くか茹でるかが一番、味はわかるだろうなあ」

「じゃあ両方やりましょうよ!」

 ゲッキーは大喜びで、マムシを半分に切った。そして、半分は網に載せてグリルにし、もう半分はコッヘルで茹でてみることにした。

 まずはマムシのグリルである。これは寄生虫を警戒して焼きすぎた上、ゲッキーが胡椒をかけすぎたので、正直言って全く味がわからなかった。黒焦げでパリパリしてピリピリする何か、である。小骨が多いが、こんがり焼いてあるせいか、あまり気にせず食える。味はさっぱりわからない。焦げて苦いだけだ。まあ、少なくとも食えないほど、おかしな味はしない。

 続いて、醬油を一垂らしした茹でマムシを試食してみた。パクッと食べようとすると骨が口にる。ヘビは全長の大半にわたって肋骨があるから当然だ。横からりとるようにした方が食べやすい。

 マムシは特にクセがあるとか生臭いとかいうことはなく、魚のような鶏肉のような、ごく淡白な味であった。一般に爬虫類や両生類はクセのない白身で、鶏のササミのような感じで食べやすい。カエルやワニもそんな感じだ。

 驚いたのは、試しにコッヘルに残った湯をめてみた時である。こいつは大変いい出汁が出るのだ。身を食べるよりも出汁の方がうまいかもしれない。これは、意外な発見であった。結局このスープは捨てるには惜しく、そのまま、その日のシチューの出汁の一部になった。ただし、そう言ったら女の子たちの大ブーイングを食らった。

 なお、言っておくが私はそんなに大したものは食っていない。せいぜい、昆虫くらいまでである。そういえば一度、正真正銘の「謎肉」を味見したが、詳しく語ると色々とマズいことがありそうなので、あまり触れないでおく。いや別に「ウミガメのスープ」とかではない。

 

     *

つづく。本連載は毎週水曜・土曜更新です。次回、舞台は屋久島へ。手に入ったとある「肉」とは…。ご期待ください。

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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