その部屋でレスボス島のFRONTEX(ヨーロッパ国境沿岸警備機関)の活動を統括するマルコ・ナルデラ(41)の話を聞いた。彼の仕事は、島に警察官や沿岸警備隊を派遣しているEU加盟国間や、地元ギリシャ当局との調整である。
ナルデラは島では唯一、ポーランドの首都ワルシャワにあるFRONTEX本部から現地に派遣された職員だ。
ただ、もともと彼は、イタリア「財務警察」のヘリコプターパイロットだった。財務警察は経済財務省の管轄で、脱税、密輸、麻薬、組織犯罪、知的財産などの取り締まりを担当するイタリア独特の組織だ。国境警備隊、沿岸警備隊の機能も持っている。
ナルデラは財務警察から、FRONTEX本部に3月から2年の契約で出向している。レスボス島には3、4週間の予定で派遣されている。それくらいの単位で本部から職員が持ち回りで派遣されている、という。
ポルトガル沿岸警備隊の取材やナルデラの話でだんだんわかってきたのだが、FRONTEXという、完全に統合されたEUの組織があるわけではない。歴史の長い国際組織、例えば国連などには生え抜きの職員も多いが、歴史の浅いFRONTEXは、様々な出身国、身分の人間の混成部隊である。任務に就く前にワルシャワの訓練部門で訓練を受けるが、現場では、各国の沿岸警備隊が担当地域を決めて活動している。
レスボス島に沿岸警備隊を派遣しているEU加盟国は、ミティリーニに、イタリア、ブルガリア、クロアチア、英国、北部モリボスにポルトガルの計5か国。さらに難民収容所で登録、指紋採取、事情聴取などの仕事を支援する警察官がいる。参加人員は変動するが、150~200人。私の訪問の時点では151人ということだった。
取材窓口となったアンドレエスクのポストは「フィールド・プレス・コーディネーター」。
ジャーナリストや研究者などの取材、視察の窓口となり、手はずを整えるのが仕事である。メールでやりとりしている間は、アンドレエスクをてっきりギリシャ人と思っていたがルーマニア人だった。彼はFRONTEXの職員ではなく、ルーマニア国境警備隊から直接、派遣されている。
ルーマニアの首都ブカレストの警察学校を卒業し、ブカレストで諜報部員として働き、それからまったく職種を変えて、国境警備隊本部で広報誌の編集をしていた。
昨年の夏にコーディネーターの試験を受けて合格し、待機要員となった。3月に国境警備隊の上司から「ギリシャでこの職種の要員の求人があったが、行くか? 任期は3か月間。断ってもいいが、5分以内に決めろ」と言われ、「行く」と答えた。
レスボス島で人脈もできて、自分がいないと仕事が回らない感じになってきたので、一度、3か月間延長した。しかし、母国ルーマニアの国境警備隊では、広報誌の仕事を同僚に肩代わりしてもらっているため、そう長くは元の職場を空けられない。残りの任期はあと3週間ということだった。
「家族は連れてきているのか」と聞くと、「離婚した。娘は別れた妻のもとにいる」と答えた。
外からはなかなかうかがい知れないが、混成部隊ならではの意思疎通の難しさ、摩擦、あるいは敵視などもあるのだろう。
私が話したFRONTEXの人々は、任務遂行上、支障のない英語を話せた。ただ、決して流暢(りゅうちょう)とは言えないし、細かいニュアンスで部隊同士、誤解が生じないとも限らない。
今回の取材でもこんなことがあった。私とアンドレエスクがモリボスの船着き場に着いて、ポルトガル巡視艇に乗り込もうとすると、同乗するギリシャ沿岸警備隊員は、「取材の話は聞いていない」と言って乗船を拒み、アンドレエスクとの間で、しばらく押し問答があった。ジャルディンが中に入って問題はなかったが、ギリシャ側はFRONTEXをちょっと煙たい存在と感じているのかもしれない。
また、アンドレエスクは、「ポルトガル部隊は愛想はいいし、協力的で感謝しているが、どの国の部隊もそうではない」と話した。まったくの臆測だが、ヨーロッパの大国から派遣された部隊などは、ルーマニア人であるアンドレエスクに対して、木で鼻をくくるような態度を取ることがあるのかもしれない。
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本音化するヨーロッパ
エリートの建て前は、もう聞き飽きた――。反難民、反既成政党、反EUが常態化し、ロシアの揺さぶりにいらだつ「普通の人々」の肉声ルポ。