くじけそうなとき、負けそうなとき、古今東西の「名言」が、自分を助けてくれることがあります。ロングセラー『人生は名言で豊かになる』は、スティーブ・ジョブズ、シェイクスピア、チャップリンから、村上春樹、立川談志、坂本龍馬、良寛まで、著名人や歴史上の人物の「名言」を多数収録。どのページを開いても、心が晴れやかになる一冊です。本書の中からいくつか抜粋してお届けします。
「完璧な文章などといったものは存在しない。
完璧な絶望が存在しないようにね」
――村上春樹
とにかく「カッコいい」デビュー作
村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』が群像新人賞を受賞したのは1979年の5月。私はまだ学生で、「群像」に掲載されたその作品を読んだときの興奮は、いまでもはっきりと憶えている。ひとことでいうと、「やられた」である。私のまわりでは「村上春樹、読んだか?」というのが合い言葉のようになり、生協に平積みされていた「群像」はまたたく間に売り切れてしまった。
ときに手書きのイラストも交じる40の断章とあとがきからなる構成も新鮮だったが、なにより文章がカッコよかった。「洒脱」「都会的」より「カッコいい」という言い方がぴったりだった。のちに芥川賞の候補作になったとき、選考委員から「アメリカの現代小説の読みすぎ」と批判されたその文章が、とにかくカッコよかったのだ。
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」──これが小説の書き出しで、私を含めて当時の文学青年は、この一文だけでイカれてしまったといっていい。
村上がのちにインタビューに答えて語ったところによると、この文章が書きたかったのが執筆の動機で、あとは小説らしくなるように展開させただけだという。「小説書いてて、これは正しくないんじゃないか、嘘なんじゃないか、小説を書く意味なんかないんじゃないか、って思うときね、ここを読み返すと、ああ嘘じゃないなってね、勇気づけられる。書くだけのことはあったのかなって思うんです」(「宝島」83年11月号)。
その後、村上春樹は『ノルウェイの森』が大ベストセラーになり、一躍“国民作家”といわれるようになる。その後も、何年かおきに刊行された作品は国内ではベストセラーになるのはもちろんのこと、次々に各国語に翻訳され、その愛読者は世界中に広がっている。そして、現在は、ノーベル文学賞の最有力候補の一人と目されている。
作家は処女作にすべての未来が詰まっているという。将来のノーベル賞作家の記念すべき最初の一文として、記憶しておいて損はない。いま読んでも、カッコいいし。