くじけそうなとき、負けそうなとき、古今東西の「名言」が、自分を助けてくれることがあります。ロングセラー『人生は名言で豊かになる』は、スティーブ・ジョブズ、シェイクスピア、チャップリンから、村上春樹、立川談志、坂本龍馬、良寛まで、著名人や歴史上の人物の「名言」を多数収録。どのページを開いても、心が晴れやかになる一冊です。本書の中からいくつか抜粋してお届けします。
「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。
死ぬる時節には、死ぬがよく候。
是はこれ、災難をのがるる妙法にて候」
――良寛
「災害大国」に生きる日本人へ
日本は、昔から地震の多い国である。東日本大震災や阪神・淡路大震災はいうまでもなく、関東大震災、安政の大地震など、何十年かに一度、死者が1万人を超えるような大地震が起きている。
文政11(1828)年11月、越後三条でもそんな地震が起きた。マグニチュード6・9。死者1400人以上。当時の人口密度や家屋の構造を考えれば、三条は壊滅的な被害を受けたといっていい。
このとき、三条の近くに住んでいた禅僧・良寛は、三条に住む知人に1通の見舞状を送っている。そこには次のように記されていた。
「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候」
一瞬、唖然とするような言葉である。
被害にあった良寛の知人は、家だけではなく、家族や知り合いを失っているかもしれない。打ちひしがれていることは容易に想像できる。
そういう人に向かって、「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候」とは、いったい良寛はどういう神経をしているのか。被災した人々に向かってこういえる日本人はそうはいないはずである。
しかし、いま良寛が生きていたとしても、彼はきっと同じことをいったのではないか。なぜなら、「災難にあうときは災難にあい、死ぬときは死ぬ」のが、
「災難をのがるる妙法」
だからだ。
現実を受け入れるということ
災難にあうと、人は自分の悲運を嘆き悲しむ。しかし、嘆き悲しんでばかりでは、災難を乗り越えることはできない。
まずは災難という現実を受け入れる。そして、そのなかで何ができるかを考える。災難を乗り越えるためには、その現実を受け入れるところからしか始まらないと良寛はいうのである。
「死ぬる時節には、死ぬがよく候」というのも、死期が近づいたら、死をおそれずに受け入れろという意味だ。災難による死も、仏が定めた宿命であり、人間にとっては唐突にやってくるものではあっても、黙って受け入れるしかないというのである。
死から逃れようとすると、人は往々にして自分を見失い、ときに絶望して心を病み、かえって死期を早めてしまうことがある。
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災難も死も、避けられない以上、それを淡々と受け入れる──。
そういえば、東日本大震災が起きたとき、海外のメディアは、被災者たちがあまりにも冷静であることに驚き、略奪が起きるどころか、みなが黙々と瓦礫の片づけをしている姿を賞賛した。私などがここで良寛の言葉など持ち出さずとも、あのとき東北の人々は、被災の直後から良寛の心境に達していたのかもしれない。