『にぎやかだけど、たったひとりで 人生が変わる、大富豪33の教え』刊行記念試し読み第四弾をお届けします。
「前はどこか苦しくて淋しく、『自分だけがたいへん』と思っていました。兄貴と知り合ってから、私は若くして独立してたいへんだったからと意固地になっていた自分のよくないところが本気でわかってきました」と語る吉本ばななさん。
そんな兄貴には、厳しい小学生時代がありました。
「一生忘れられないコロッケ屋のおばちゃん」
小学生くらいからは働いた記憶ばっかりや。
一度、何にも食うてなくて腹減ってた時に、六歳くらいの頃、コロッケ屋で揚げたてのコロッケ盗んでバーッて口の中に入れたら、上あごに揚げたてのコロッケが全部引っ付いて大やけどしたんや。でも、逃げなあかん。盗んだんやから。ブワーって走り出したんや。 そしたらおばちゃん猛烈に追いかけてきて逃げ切ったあたりで、遠くから「明日も来るんやで」って呼ぶんや。明日も取りに来いって言うんや。もう、動けんかった。食べさせてくれって、頼めばよかったと思ったんや。そんなんが小学校時代やで。子供の時からわかっとったんや。しまった、とんでもない事やらかしたと。これが道徳教育。
給料もらえるようになってから四年くらいたって、コロッケ屋のおばちゃんのところに行ってみたんや。もう十数年たった頃や。ハワイ旅行とか当時流行っとったから、チケットでも買うてプレゼントしようかと。そしたらシャッター下りとった。隣の乾物屋で「隣の肉屋のおばちゃんどこいったん」って聞いたら、もう前から閉まっとんでと聞かされて。 めっちゃ後悔したね。一番印象に残ってるおばちゃんやのに、その人にだけ恩が返されへんかったんや。
あとの人、全部返しに行ったよ。煙草も、井村屋のあずきバーも相当盗んどった。もう盗み倒してたから子供の時。万引き超えて億引いたかも。
万引きしたお店全部、煙草買うて一万円渡して走って逃げるとかしとったわ。「ちょっとあんた、何やのこれ、おつりないわ、こんなでっかいの」言われて走って逃げんねん。
コロッケを盗んだのに明日も来るんやでって声かけてくれたおばちゃんにだけ、恩を返せなかったことがほんまに後悔や。後悔はマゼラン級。いよいよヴァスコ・ダ・ガマまで行ってるかもしれないわ。大後悔や(笑)。
「明日は我が身」と、昔は全部きちんとわきまえた社会があったんや。だからいろんなこと継承してたし。頑なに守らなって守ってきたし。それがもう今は、みんな金儲けに目がくらんで、むちゃくちゃになってしもうたな。
今万引きしたら、すぐ捕まって、警察呼ばれちゃう。だからほんまに、一人ぼっちの子供は助からへんよな。あのおばちゃん、ほんまにめっちゃ渋かった。
もう一つ別の肉屋さんでな、またまた揚げたてのコロッケ盗んで二回目に捕まったわ。「店の中の溝を洗い~あんた」言うて。親父にボロカス怒られたけど、そこの人も言うてくれたんは「言えや。やるから」。溝を必死で洗い終わったら、コロッケを大量に袋に入れて「持って帰れ、駄賃や」と。ほんま涙ちょちょ切れたわ。揚げたてコロッケが大好きやった。それを食べたら自分の中でものすごい贅沢な気分やったな。三つの時から一人でパンとか冷たいもんばっかり食っとって、あったかいものを食べたことがなかったので。