カジノに入れ込み、注ぎ込んだカネの総額106億8000万円。一部上場企業・大王製紙創業家に生まれ、会長の職にありながら、なぜ男は子会社から莫大な資金を借り入れ、カネの沼にはまり込んだのか……。
大王製紙前会長、井川意高氏の『熔ける』は、ギャンブルで身を滅ぼし、塀の中に堕ちた男の壮絶な告白本だ。「カジノ法案」が成立し、遠くない未来、日本にもカジノが誕生するであろう今だからこそ読みたい本書。一部を抜粋してお送りします。
迎車はロールスロイス
マカオの「ギャラクシー」ホテルでは、最上階のワンフロアのうち半分を専有するVIPルームに入ったことがある。ここにはインペリアルスイートルームのような巨大なスペースがあり、今まで見たVIPルームの中でも最も広かった。
ドアを開けると、まず40畳以上ものリビングがある。リビングに置かれたソファでは、上客を連れてきたジャンケットが待機している。リビングの奥に入るとカジノ用のテーブルが2台置いてあり、さらに奥の部屋にはバスルームやマッサージベッドもある。
なにしろホテルの最上階だけに、まわりはすべてガラス張りになっていて絶景だ。もっともギャンブラーにとっては、外の風景を眺めながらゆっくりワインを楽しむ暇などなかったはずだが……。
こういう部屋で勝負すれば、おのずとテンションも高まる。勝率が高まるような気がして、ついついマックスベットで大勝負をしてしまうのだ。客を最大限に遇するVIPルームというシステムは、カネ持ちに遊んでもらいながらカジノが効率良く利益を上げるにはうってつけなのだろう。
VIPルームの客は数千万円、ときに億単位のカネを使うため、カジノにとっては専用の個室や駐車場を準備することなど必要経費の範囲内だ。スイートルームなりセミスイートなりに泊まると普通は1泊30~40万円はするわけだが、私の場合いつも無料で泊まることができた。往復の飛行機はビジネスクラスを確保してくれ、もちろんフライト代も無料だ。
「ウィン・マカオ」の場合、移動に際してはよくロールスロイスを手配してくれた。空港に降り立って入国審査を通過した瞬間、黒塗りのロールスロイスがスタンバイしていてくれる気分は悪くない。「ウィン・マカオ」という戦場へ向かう人間にとって、自然と気持ちも高まっていく。
ただし、迎えのクルマがいつもロールスロイスというわけではなかった。配車状況によるのだろう、ときには迎えがBMWやベンツに代わることもあったが、客がカジノで使う金額によって、こうした待遇の差ははっきりしていた。
シンガポールのカジノの場合、政府の規制が厳しくジャンケットを置くことはできない。「マリーナ・ベイ・サンズ」でプレイするときには、マカオのときのように気心が知れたK氏は隣についてくれなかった。そのかわり、日本語も英語もしゃべれるスタッフが客をアテンドしてくれる。
私が「マリーナ・ベイ・サンズ」でプレイしていたときには、女性スタッフが3人、男性スタッフも1人か2人は常駐していた。彼らにお願いすれば、レストランの予約など、こまごまとした仕事を代行してくれる。
マカオやシンガポールのカジノでは、「ローリングバック」というシステムがあるのも興味深かった。カジノの本場ラスベガスでは見られない制度で、勝っても負けても、動かした総額から1%程度をカジノが客にバックしてくれるのだ。
例えば日本円で500万円をもっていき、すべてきれいにスッてしまったとしよう。10万円ずつ賭けながら100回勝負し、勝ったり負けたりを繰り返して最終的に元手の資金500万円がスッカラカンになったとする。すると、元手の500万円ではなく、トータルで動かしたカネ(10万円×100回=1000万円)のうち、決まったパーセンテージを計算してキャッシュバックしてくれるのだ。
スッテンテンになった客から身ぐるみをはぎとるわけではなく、帰りの飛行機代と食事代くらいは残しておいてあげる。そんな武士の情けのようなサービスがあるおかげで、「次回またリベンジしてやろう」という気分になれる。ローリングバックというシステムもまた、VIP客をカジノにつなぎ止めるために一役買っていた。