カジノに入れ込み、注ぎ込んだカネの総額106億8000万円。一部上場企業・大王製紙創業家に生まれ、会長の職にありながら、なぜ男は子会社から莫大な資金を借り入れ、カネの沼にはまり込んだのか……。
大王製紙前会長、井川意高氏の『熔ける』は、ギャンブルで身を滅ぼし、塀の中に堕ちた男の壮絶な告白本だ。「カジノ法案」が成立し、遠くない未来、日本にもカジノが誕生するであろう今だからこそ読みたい本書。一部を抜粋してお送りします。
なぜ簡単に横流しできたのか?
なぜ106億8000万円もの資金を、子会社から次々と無担保で借り続けることができたのか。ここは多くの読者が首を傾げる疑問だと思う。普通の株式会社組織では考えられないような単純な方法で、私は子会社に常識はずれの貸付をさせていた。
子会社からカネを借りるにあたっては、私から子会社の役員に直接電話連絡を取っている。資金調達の理由について、多くを説明することはなかった。
「個人的に運用している事業がある。至急×億円の貸付を頼む」
そう説明すると、
「わかりました」
と言ってすぐに資金を調達してくれた。貸付に協力した役員は、東京地検特捜部の取り調べに対して、
「井川家が怖かった」
という旨の供述をしている。たしかに、彼らにとって井川家は絶対的に君臨する存在ではあったのだろう。だが、一つ言い訳をさせてもらうならば、井川家も私も子会社を恫喝的に支配していたわけではない。私が多額の資金調達を頼むときも、一方的に命令するような指示を出していたわけではなかった。
大王製紙創業家出身である私はまた、子会社の会長として予算権と人事権を握っているし、何よりも大半の子会社の株式をファミリーで過半数以上、所有していた。よほどの胆力がない限り、その人間に真っ向から歯向かって借り入れを諫めたり、「個人的に運用している事業」の中身について根掘り葉掘り問いただしたりすることはできなかっただろう。また、億単位の借金であっても「創業家の井川意高なら返せないことはないのだろう」とどこかで安心していたと供述した者もいる。
今思えば、そうした心理を悪用した側面は否めない。自分が代表取締役会長を務める子会社を私物化して多額の資金を借り入れてしまったことには弁解の余地もない。106億8000万円もの資金の横流しに協力させてしまった関係者には、この場を借りてあらためてお詫びしたい。
父・井川雄は事前に察知していた
私の父・井川雄(大王製紙顧問)は、実は11年3月の段階で20億円分の借り入れの事実に気づいていた。
「コノヤロウ! お前は何をやっているんだ!!」
借金の事実を知った父は、烈火の如く激昂した。私だけでなく、資金調達を許した子会社の役員にも電話をかけて怒り心頭に発したと聞く。
「この借金はどうしてつくった!」
「FXです」
「FX? なんやそれは! なんでそんなにカネが要る!」
子会社の社長に「事業への投資にカネが必要だ」と言っている限り、それ以上細かい話を詮索してはこないが、「投資」だのといった曖昧な言い訳をしたところで、父はそんな説明では納得しない。父は、レバレッジなどFXの仕組みについて正確には理解していなかった。
「お前、だいたいどうやったらそのFXというやつで20億円も負けられるんだ!」
「FXは少ない元手を使って何十倍ものレバレッジをかけて取引し、大きな利益を得ることができるんですよ。勝てば大きいですが、負けたときの振り幅もまた大きいのです。元手が小さくても、負けたときには何十倍も負けてしまいます」
「バカヤロウ! そんなもん、バクチと一緒じゃないか!!」
父の言うとおりだ。私はFXではなく、もっとタチの悪いバカラというバクチで連結子会社のカネを蕩尽していたのだから──。
父はもともと、部下にも家族にもとても厳しい人物だ。私が子会社からカネを借り入れていた事実を知ると、さらに厳しく叱責された。
「バカヤロウ! お前がもっている株を売りはらって、早いところお前自身の手で借金のカタをつけろ!」
こうして私は、11年4月に子会社のエリエール総業に自らが所有する株式を譲渡することになった。だが、父は知らなかった。実は、これで借金すべてを返したわけではなかった。バツの悪さや父の怒りへの恐怖もあり、私は借金の全貌を知られないようにしたからだ。このときすべてを精算してギャンブルから足を洗っていれば、最終的に106億8000万円もの大金を子会社から借り入れるような事態にはならなかったのだが……。
父にすべての事実を知られることがないまま、私は11年4月以降も毎週のようにカジノへ通い続けたのだった。