その男、狂犬につき
加藤浩次さんと対談したら面白いんじゃないですか――。
そんな企画が出たとき、私はさすがに引き受けてくれないだろう、と思った。私が加藤さんとはじめて仕事をしたのは2010年で、いまは朝の情報番組「スッキリ」(日テレ)で週に一度、司会者とコメンテーターという関係にある。私はコンサルタントという職業柄、データなどからわかるコメントを、できるだけ杓子定規に言おうと努めているので、そのような人間が長く関係をもてていること自体、人生のなかでちょっとした驚きではある。
職業が違いすぎるので、と思ったものの、加藤さんから意外にもOKの返事をもらった。
ライターの武田砂鉄さんは、加藤さんのことを、「狂犬かつ強権」と表現したが、私から見ると司会さばきの安定さだけではなく、非常に思索家であり、投げられたボールを想像もしなかった地点に投げ返す「強肩」の持ち主でもある。さすがに朝の情報番組を11年もやり続けるのは、相当な知的能力と情報摂取力が必要だ。『未来の稼ぎ方 ビジネス年表2019-2038』が発売されたこの機会を使って、加藤さんから、これからの社会人の生きて稼ぐヒントを得ようと試みた。
情報番組の司会者としてバランスは考えてない
加藤浩次(かとう・こうじ)
1969年、北海道出身。お笑い芸人。劇団生活を経て、山本圭壱と共にお笑いコンビ・極楽とんぼを結成。芸人としての活動と並行して、俳優としてテレビドラマなどにも出演する。2006年以降はニュース番組のキャスター、司会者などにも起用され、多才ぶりを発揮している。
坂口 加藤さん司会の『スッキリ』にはコメンテーターとして、2013年から出演しているんですよね。
加藤 そんなに経ちますっけ。
坂口 そうなんですよ。あんまり人をもちあげたくないんですけれど、加藤さんって、ほんとうにいろいろ知っているな、というのが印象なんですね。やっぱり生きたり、働いたりするうえでは情報収集が重要だから、そこに興味がありますね。
加藤 いや、情報のつまみ食いが上手いってだけですけどね。
坂口 だけど視聴者は、加藤さんが新聞を何紙も読んでいるイメージはないと思いますよ。
加藤 もちろん隅から隅というわけにはいきませんけれど、日経新聞、読売新聞と、そして日刊スポーツ。それと、気になるときだけは朝日新聞とか。出来事にたいするいろんな意見を押さえておこう、というのはありますね。
坂口 番組としてバランスをとるため、事前に両方の意見を知っておこう、ということですか。
加藤 いや、番組であえてバランスを取る必要はなくて満場一致でもいいんですよ。コメンテーターが言いたいことを述べてもらう。ぼくに反対の意見をいってくれたほうがありがたいし、そうすれば、ぼくも言いたいことを述べられる。
半分から支持されて、半分から批判されるくらいがちょうどいい
坂口 言いたいことを言うとき、表現に気をつける必要はあるでしょうね。ただ、後々になって、言ったことが正しいと証明されても、発言した瞬間には批判を浴びたり、苦情が届いたりしますよね。ビジネスでも、長期的に組織が守ってくれればいいけど、短期的な評価だけだと、とりあえずその場その場で迎合したほうが楽になっちゃう。
加藤 いや、それは言い訳ですよね。ほんとうにそんなモチベーションあるのかって思っちゃう。やる奴は覚悟もってやりますからね。黙ってもやっていく。
坂口 言い訳には違いありませんね。ただ、大多数のフツーの人間からすると萎縮しちゃうっていうのはあるでしょう。
加藤 うん。でもやっぱり、ぼくたちみたいな人間はリスクをとってやっていかなきゃならない。覚悟が必要ですよ。
坂口 さらにややこしいのが、日本の場合って、やっと晴れ舞台にあがったと思ったら、引きずり降ろされる可能性もあるからなあ。ちょっと文脈は違いますけれど、人気があるときは猛烈に消費されて、そのあとに落ちるときには速いという。
加藤 難しいけれど、半分から支持されて、半分から批判される、くらいがちょうどいいんじゃないかなあ。すごく人気が出すぎてしまう、というのは、一時期、全員から支持されるということですから、そういう状態になったら疑うくらいがいいんじゃないですかね。
自分の未来のためにあえて水を差す勇気
坂口 言いたいことは言う。そして表舞台に立っても支持のされすぎは注意していく。うわあ、難しいなあ。コントロールが効かない場合もあるでしょう。
加藤 あります。でも、某お笑いコンビが大人気になっていたときに、ぼくは『これは出しすぎだ。潰す気か』ってずっと心配していたんですよね。もちろん再ブレイクするかもしれないから、まだわからない。でも、現時点では、追い込ませすぎたなって思いますね。会社からすると、商品の価値があるときに最大限に売っていく、というのは当然だから、それは本人たちがちゃんと主張しなければいけない。
坂口 せっかく売ってやっているのに生意気だ、と言われても、ということですか?
加藤 生意気だと思われても、言うべきところはいっていくべきでしょうね。リスクを負ってね。
坂口 あんな仕事もある、こんな仕事もある、と言われたときに、いろんなものに手を出しちゃう。そうすると、振り返って、なんにも残ってないなとなる。それなら、漫才だけをやり続けたほうがよかった、みたいな。
加藤 何かを極めるって大変だし、難しいでしょう。だけど好きですね。工場とかで職人が働いているでしょう。機械もできないような仕事をするひと。あれって大好きだし、いいなと思いますね。自分だけが作れるものがあって、それを買ってくれるお客さんがいることで商売が成り立っているわけですからね。
行きがかり上で広げてきた仕事
坂口 私は、どの産業がダメになるかわからないので、いくつかの業界に足を突っ込んでいって、何屋さんかわからない人間を目指そうって言ってるんですけれどね。たとえば、活版印刷を極めていても、いまじゃ仕事もない。
加藤 まあイノベーションが起きた業界はねえ。だけど、ヤカン職人とかは生き残るでしょう(一同爆笑)。一枚の銅版からヤカンを作る職人。
坂口 でも、私が興味をもつのは、加藤さんは、そう言いつつ、テレビをやりつつ、ラジオにくわえて、舞台もなさっている点。司会だけじゃなく、お笑い芸人に、俳優と、比較的にマルチになさっている気がしますけれどねえ。
加藤 いやあ。ほんとうはね。行きがかり上(一同爆笑)。知っているひとが関わっていて、依頼があって、やります、という。
坂口 仕事をやって結果を出して、結果的に、少しずつ仕事の幅が広がるっていうのは、たしかに理想ですけれどね。リスクヘッジにもなるし。
加藤 いやいや、そんな格好いいもんじゃなくてね。ほんとうに行きがかり上(笑)。それにラジオだったら、若い女性と話すことで、いまの若いひとたちの思考もわかるでしょう。
坂口 若いひとたちから尊敬されたいっていうのはありますか?
加藤 いや、そんな面倒くさいことされたくないですよ。『おいこら、ジジイ』って言われるようになりたいしね。そういうのがいいですよ。これからは年齢も関係ないし、何も考えずに、いきなりぼくに『ウェーイ』ってやつも出てくるだろうし、そういうひとが伸びていくんじゃないですか。
坂口 番組で、視聴者のひとは見えないだろうけれど、加藤さんはいろいろと細かな指示を出されているでしょう。こういう番組が求められる、という未来像もある。むしろ考え続けている気がしますけどね。舞台も、戦略的にやっている気がしますけど。
加藤 考えてはいますけどね。でも、舞台とかは知り合いの放送作家から勧められて、行きがかり上(笑)。
マーケティングで作られた商品はつまらない
坂口 これからの時代、どんな職業でも、自分しかできない何かを生み出す必要があると思うんですね。思い出すのが、加藤さんと、よくデビット・リンチの話をしたことなんです。新しい『ツイン・ピークス』は凄いっていう話で盛り上がりましたよね。デビット・リンチの作品は哲学的で難解でありながら、熱量に圧倒される、という。
加藤 だってね。自分の好きなもので、世の中の理解なんてのも考えずに作ったものが、人気があるっていう。こんだけ幸せなことないですよ。インスピレーションをもとに作っていくのが創作活動でしょう。でも、いつの間にか、マーケティングとかが支配的になってきて、多くはつまんなくなっているなって思いますもん。
坂口 会社で新商品の企画を出しても、これって、裏付けあるのかって聞かれますもん。むかし、本田宗一郎さんが『市場調査は役にたたない』っていったんですよね。消費者は既存商品をベースにしか評価できないからって。ただ、本田宗一郎さんだったらわかってくれるかもしれないけど、現場では、めちゃくちゃデータが求められますからね。
加藤 同時に、実際のトレンドって、そういうものに頼らない20代から出てきているでしょう。マーケティング的なものに身を置くことがダサい、みたいな。だから、若い世代の動きは面白いと思いますけどね。
坂口 あとは、スティーブ・ジョブズじゃないけれど、狂気から生み出す商品が売れるみたいな。ただ、会社であったら、無駄な投資をしてしまうと株主から責められる。いまガバナンスとかコンプライアンスでガチガチになっているのも事実。だから、狂気に似たやりたいことがまずあって、それを補完するためにデータを使うっていうのがいいんじゃないですかね。
加藤 だから、なんにも考えがなくて、マーケティングのデータだけで判断しているトップはもうダメですよ。
今後の最大の参入障壁は「失敗の数」
坂口 いまは、データを、失敗しないように使うだけですからね。
加藤 失敗を減らすっていうのは、同時に、成功の数も減らすってことだから。
坂口 おお。じゃあ、最大の参入障壁は失敗の数ってことかなあ。
加藤 そうですよ。日々、失敗し続けるっていうチャレンジが重要でしょ。
坂口 失敗する勇気といっても、それは別に派手な勝負ばかりじゃないでしょう。いま、目立つのだけがいいんだ、みたいな潮流がありますけれど。
加藤 自分の足元をみて、できるところから挑戦していくっていうのが重要だと思いますね。番組でも、会社でも、チームですから、役割分担がある。考えるひとがいて、伝えるひとがいて、客観的に判断するひとがいて、作るひとがいてね。他人に迎合せずに、自分なりの尺度をもっているひとって、結果的には評価されますよ。
坂口 これは、よく加藤さんと話すんですが、けっきょくは凡庸な結論ですよね。真面目に、地道にやれっていう。ぼくは最近、決断も早いし、ちゃんと創業者の意思もあるし、ファミリービジネスの優位性があるって本に書いているんですね。それで、ずっと続くファミリービジネスの老舗企業を調べると、秘策なんてあんまりなくて、真摯にやるのが一番なんだという。
加藤 結局はそこにしか行き着かないですよ。
テレビメディアの行く先
坂口 行き着く、といえば、加藤さんは、テレビメディアがどうなると思っていますか。数年前までテレビはもう終わった、という書籍が出ていましたけれど、テレビはまだスポーツ実況などですごい視聴率を稼ぐ。と思えば、批判していた出版業界のほうが落ち込みは激しい、という皮肉な状態になっています。
加藤 それも、落ち着くところに落ち着くと思いますよ。たとえばラジオだって、終わったといわれながら、そんなことはない。むかし深夜ラジオで、オールナイトニッポンを聴いていて、それが深夜テレビになった。それがネットになった、と。だけど、いまの若い世代からすると、radikoみたいなものも出てきて、ラジオが面白いという評価にもなっている。テレビも、下がるとは思いますけれど、テレビも、『これ面白いじゃん』と思われる媒体の一つにはなる。いちおう、人数をかけて、一定のクオリティを確保している、という評価されるときもくるだろうしね。
坂口 ぼくは、できるだけ極端な悲観論は信じないようにしているんですが、いろいろなメディアが上下しながら、存在し続けていくと。考えて、学んで、真摯にやると。そんで、あとは、行きがかり上で頑張っていくと(笑)。
加藤 そうそう(笑)。たった80年の人生だから、あとは楽しめるかが重要ですよ。
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私は、拙著『未来の稼ぎ方』のなかで、2037年の出来事として「トヨタ自動車が100周年」をあげ、長寿企業の特徴を分析した。そこではデータや統計を駆使して論じているものの、けっきょくは「自分が信じたことをやれ」というひどく凡庸な結論にたどり着いた。しかし、加藤さんとの対談を通じ、その凡庸のなかに真実があるのではないかと再確認した。もちろん、楽しみながら。
(写真:塚本弦汰)