宇宙はどう始まったのか、私たちはなぜ存在するのか、宇宙はこれからどうなるのか――。そんな人類永遠の疑問にやさしく答えてくれる本が、物理学者、村山斉さんの『宇宙は何でできているのか』です。発売たちまち話題となり、2011年には、1年間に刊行されたすべての新書から最高の一冊を選ぶ「新書大賞」を受賞。現在もロングセラーとなっています。今回は、本書の一部を公開します。
「光秒」で行ける月は玄関先
宇宙の実態を知ろうと思ったら、まずはそれを「見る」ことが大事です。天動説から地動説への転換も、ガリレオが望遠鏡で宇宙を観察したことから始まりました。
もちろん研究する上では、遠くから「見る」よりも、現場に「行く」ほうが望ましいのですが、相手が宇宙となると、なかなかそうもいきません。1960年代にアポロやソユーズに乗った宇宙飛行士から、国際宇宙ステーションに長期滞在して重要なミッションを果たした若田光一さん、野口聡一さんまで、「宇宙に行ったことのある地球人」は大勢いますが、宇宙のスケールから見れば、その移動距離はたかが知れています。
たとえば野口さんたちが滞在した国際宇宙ステーションが浮かんでいるのは、地上から375キロメートルの高さ。地球の直径は約1万2000キロメートルですから、ほんのちょっとだけ宇宙空間に出たにすぎません。地球がリンゴだとすれば、その皮から頭を出した程度のことです。
アームストロング船長が「人類にとって大きな一歩」という名言を残したアポロ11号の月面着陸も、その「歩幅」は小さなものでした。
地球から月までは約38万キロメートルの距離があり、アポロは片道で地球をほぼ10周したのと同じことになります。ですから遠いといえば遠いのですが、これは光速(秒速3億メートル)でたった1.3秒の距離(1.3光秒)にすぎません。宇宙空間での距離は「光年」(光速で何年かかるか)という単位で語られますから、「光秒」で行ける月は、ほんの玄関先です。
ちなみに、地球からもっとも近い恒星である太陽までは、1.5億キロメートル。ここまで離れると単位が1つ上がって、「8.3光分」となります。つまり、私たちが見る太陽は8.3分前の姿ということ。いまこの瞬間に太陽が消えてなくなったとしても、私たちは8.3分後までそれに気づかないわけですね。
4光時の冥王星まで20年かかった
人類はまだ「玄関先」の月までしか到達していません。
しかし技術の進歩で、人間が行かなくても天体の調査は可能になりました。遠くの星に無人の探査機を飛ばして、映像を撮ったり、土砂のサンプルを採ったりできるようになったのです。たとえば日本も、最近「かぐや」という探査機を月に送り込みました。月の周囲を自在に動いて、映像を地球まで送ってくれる探査機です。
また、日本が打ち上げた人工衛星の中でもっとも遠くまで行ったのは、小惑星探査機の「はやぶさ」です。地球と火星の軌道を横切るように公転している「イトカワ」という小惑星に、2005年の夏に到達し、2010年の6月に地球に帰還しました。
地球からこの小惑星までの距離は、最大20光分。太陽の約2倍半です。「はやぶさ」のコンピュータに地球から指令を送ると、返事が届くまでに40分かかる。それだけ離れた星でサンプルを採取して、それを地球に持ち帰るというのですから、実に野心的なプロジェクトでした。
アメリカが1977年に打ち上げた2機の「ボイジャー」は、もっと遠くまで行きました。光速で4時間かかる冥王星のあたりまで、およそ20年かけてたどり着いたのです。
ボイジャーに、地球の情報を詰め込んだレコードが積み込まれていることは、ご存じの方も多いでしょう。「The Sounds of Earth」と題された銅板製レコードには、地球の音楽やさまざまな言語の挨拶(日本語の「こんにちは」も含まれています)、写真、イラストなどが収録されています。いまだに旅を続けているボイジャーが、太陽系を離れて他の恒星系へたどり着き、その惑星で暮らす知的生命体(それを解読できるほど知的な生命体)に発見されれば、何らかのリアクションがあるかもしれません。
ただし、その可能性がある星の中でもっとも近いのは、地球から4.2光年も離れたプロキシマ・ケンタウリという恒星です。その惑星で知的生命体に発見されたとしても、返事が届くまでに4年かかります。
それ以前に、ボイジャーがいつそこに到着するかがわかりません。なにしろ「4光時」の冥王星まで20年かかったのです。4光年は、その24倍のさらに365倍という距離。その頃にアメリカ合衆国という国が存在するかどうかも微妙なところではないでしょうか。まさに気の遠くなるような旅なのです。