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宇宙は何でできているのか

2018.11.13 公開 ポスト

宇宙誕生後「38万年」に立ちはだかる厚い壁村山斉

 宇宙はどう始まったのか、私たちはなぜ存在するのか、宇宙はこれからどうなるのか――。そんな人類永遠の疑問にやさしく答えてくれる本が、物理学者、村山斉さんの『宇宙は何でできているのか』です。発売たちまち話題となり、2011年には、1年間に刊行されたすべての新書から最高の一冊を選ぶ「新書大賞」を受賞。現在もロングセラーとなっています。今回は、本書の一部を公開します。

見えるのは「130億光年」先まで

 では、私たちは望遠鏡でどこまで宇宙を「見る」ことができるのでしょうか。望遠鏡を巨大化し、その性能を上げていけば、どんどん膨張している宇宙の「果て」まで見ることができるのでしょうか。

iStock.com/PavelSmilyk

 残念ながら、答えはノーです。しかも、それは技術的な限界ではありません。どんなに科学技術が進歩しても、宇宙には望遠鏡という「目」を遮る分厚い壁があり、そこから先は見ることができないのです。

 人工衛星に搭載されたハッブル宇宙望遠鏡は、宇宙にあるので空気のゆらぎに影響されませんし、いくらでもじっと静止していられるので、時間をかければどんなに弱い光でもキャッチすることができます。しかし、ハッブル宇宙望遠鏡でも、見ることができるのは130億光年先にある銀河まで。そこから先は見えません。

 では、どうしてその銀河より遠くは見えないのでしょうか。

 ここで考えなければいけないのは、宇宙で「遠くを見る」のが、「昔の光を見る」のと同じだということです。前にもお話ししたように、私たちが見ている月は1.3秒前の月であり、そこにある太陽は8.3分前の太陽です。お隣のアンドロメダ銀河は230万年前の姿ですから、いま現在も本当に「お隣」にあるかどうかわかりません。たぶん引っ越してはいないと思いますが(笑)。

 ともかく、地球からの距離が遠ければ遠いほど、私たちは時間を逆行して「昔の宇宙」を見ていることになります。望遠鏡では見えない領域があるのは、それが「遠い」からではありません。そこが「古い時代の宇宙」だから見えないのです。

 最新の研究成果によれば、宇宙の誕生はいまから137億年前と考えられています。そして、誕生してから2億年間の宇宙は、まだ星ができていない時代でした。そこにあったのは、バラバラの原子と暗黒物質だけ。したがって、そこには「光」というものが一切ありません。

 言うまでもないことですが、「見る」とは「光をキャッチする」ということです。いくら性能のいい望遠鏡を向けても、光を発していない「暗黒時代」の宇宙からは、何の情報も得られないわけです。

乗り越えられない「壁」がある

 とはいえ、暗黒時代を「見る」方法がないわけではありません。

http://iStock.com/leolintang

 可視光線は出ていなくても、そこに水素原子があれば、電波は出ます。その電波をキャッチすれば、いまつくっている「暗黒物質マップ」のように、どこにどれだけの原子があったかを調べることができるでしょう。まだ計画段階の話ですが、いずれは暗黒時代の宇宙が「見える」ときが来るに違いありません。

 しかし残念ながら、その「見える」にも限界があります。その方法で見ることができるのは、宇宙誕生後38万年あたりまでです。なぜなら、それより昔の宇宙はあまりにも熱いため、原子が原子の状態を保てず、原子核と電子にバラバラになってしまうからです。

 ある空間が「熱い」状態のとき、そこにはエネルギーが充満しています。逆に言うと、エネルギーが高ければ高いほど熱くなるんですね。たとえば、私たちが「寒い」と感じる日は、空気中の原子がゆっくり動いています。「暑い」と感じるときは、運動エネルギーが高まっているので、原子がビュンビュン動いています。

 そして、誕生から間もない時代の宇宙は、「暑い」などというものではありませんでした。凄まじい高エネルギー状態の中をさまざまな粒子が激しく飛び交う、「火の玉」のような時代です。ゆっくりと落ち着いて原子を構成できるような状態ではありません。だから、原子核と電子がバラバラの状態で存在していたわけです。

 くっついて原子になった場合、原子核は電荷がプラス、電子はマイナスですから、相殺されて電気的には中性になります。しかし原子核と電子がバラバラだと、それぞれに電気を持っている。そういう粒子が飛び交っている空間では、光や電波などの電磁波は真っ直ぐに飛ぶことができません。電気を持つ粒子にぶつかってしまうからです。ちょうど霧の中では霧の粒子に反射して光が通らないようなものです。

 これが、宇宙誕生後38万年にある分厚い「壁」です。それより向こうからは、光も電波も届きません。どんなに頑張っても観察することができないのです。

 400年前のガリレオ以来、人類は望遠鏡の性能を高めることで、宇宙のより遠くを見ようとしてきました。「ウロボロスの蛇」でいえば、胴体の真ん中あたりから、頭の先を見ようとしていたようなものでしょう。

 しかし、蛇の喉あたりまでは見えたものの、そこには乗り越えられない壁があって、頭や口がどうなっているのかは見ることができません。宇宙という「蛇」の全容を知りたいのに、あと一歩のところで行く手を阻まれてしまったわけです。

関連書籍

村山斉『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』

すべての星と原子を足しても宇宙全体の重さのほんの4%。 では残り96%は何なのか? 物質を作る最小単位の粒子である素粒子。誕生直後の宇宙は、素粒子が原子にならない状態でバラバラに飛び交う、高温高圧の火の玉だった。だから、素粒子の種類や素粒子に働く力の法則が分かれば宇宙の成り立ちが分かるし、逆に、宇宙の現象を観測することで素粒子の謎も明らかになる。本書は、素粒子物理学の基本中の基本をやさしくかみくだきながら、「宇宙はどう始まったのか」「私たちはなぜ存在するのか」「宇宙はこれからどうなるのか」という人類永遠の疑問に挑む、限りなく小さくて大きな物語。

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村山斉

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)教授、カリフォルニア大学バークレー校マックアダムス冠教授。1964年東京都生まれ。91年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東北大学助手等を経て2000年よりカリフォルニア大学バークレー校教授。02年、西宮湯川記念賞受賞。07年から18年10月までカブリIPMUの初代機構長。専門は素粒子論・宇宙論。世界の科学者と協調して研究を進めるとともに、市民講座などでも積極的に活動。『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)、『宇宙は本当にひとつなのか』(ブルーバックス)、『宇宙を創る実験』(編著、集英社新書)、翻訳絵本『そうたいせいりろん for babies』(サンマーク出版)など著書多数。

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