AI(人工知能)・BI(ベーシック・インカム)論の決定版!人類史上初、我々はついに「労働」から解放される―。この歴史的大転換をどう生きるか!すべての生産活動をAIが行い、生きていくためのお金はBIで賄われる働く必要がない世界はユートピアか、深い苦悩の始まりか―。
産業革命以来の社会変化に対応するための必読書とも言うべき本書『AIとBIはいかに人間を変えるのか』から、一部を抜粋してお届けします。
ミンカムの実績
ミンカム(Mincome……Minimum Income)は1974年にカナダのマニトバ州で施行されたBIのパイロットプログラムである。
本プログラムは、収入が一定以下であれば、参加を希望する住民全員に現金を支給するとされていた点が重要なポイントである。実際に、マニトバ州ドーフィンとその周辺住民約1万人のうち、3割程度がこの実験に参加した。
制度の内容としては、現在の貨幣価額に換算して一人当たり年間最大1.6万カナダドル(約131万円)の現金給付を行うというものであったが、他に所得を持つ者に対しては所得額に応じて最大で半額(0.8万カナダドル……約65万円)まで引き下げられた。
計画にインフレ率が考慮されていなかったことや、オイルショックが引き金となった世界的不況の影響で財政が苦しくなったことなどにより、1979年の政権交代を機に廃止されたものの、ミンカムが施行されていた期間(5年間)は不安定な農業を営むマニトバ州の多くの住民を貧困から救ったという点において、ミンカムはBIの先駆けとして歴史的成果を達成したと評価できよう。
実はミンカムの成果が発表されたのは、この制度が廃止されてから30年以上も後の2011年である。ミンカムの施行と成果に関する調査データは政権交代を機に長らくお蔵入りとなっており、2009年にマニトバ大学の教授エヴリン・フォーゲットによって発掘された時には管理局が廃棄を検討している最中だったという。
彼女がこれらの膨大なデータを分析してレポートにまとめたことで、ミンカムは2011年になってようやく日の目を見ることとなり、世界的に注目されることとなったのである。
ではその最終レポートには何が書かれていたのか。
そもそもミンカムを施行した目的は「無条件に支給される所得によって人々の労働意欲は削がれてしまうのか否か」、即ちミンカム(BI)が導入されれば働かない人が増えるのではないかという懸念に対して、実証的に検証しようとするものであった。この課題は、現在のBI議論でも取り沙汰されている、BIに関する最重要イシューである。
しかし実際には、そうした懸念は全くの杞憂であった。ミンカムが支給されたことで労働時間を減らした住民は、男性で1%、既婚女性で3%、未婚女性で5%に過ぎなかったことが報告されている。
しかもその減少分は単に楽をするために使われたわけではなかった。ミンカムの導入によって時間と生活に余裕ができた分、幼い子供を持つ母親は育児に専念することができ、学生はより長い時間を勉学に費やせるようになったことが成果として挙げられている。
また、ミンカムの導入によって精神疾患や犯罪件数、家庭内暴力の件数が減少し、学業成績が向上していたことも明らかとなった。特に病院での入院期間が8.5%も減少したことは予想だにしていなかった驚くべき成果であり、医療への公共支出の面から見ても財政的なメリットが大きいことが検証された。
更に、ミンカムについての研究を行っているマニトバ大学フェローのデイヴィッド・カルニツキーは、企業と労働者の関係において、ミンカムが導入されたことによって労働者の立場が強くなり、賃金の上昇が示唆されたことに言及している。
このようにミンカムは、気候に左右されがちなカナダ・マニトバ州の農家の脱貧困の助けとなるだけではなく、様々な面から「国民の生活の豊かさ」と「社会的コスト削減」に貢献した制度であったとして、現在では非常に高く評価されている。