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カラス屋、カラスを食べる

2018.11.07 公開 ポスト

カラスは女子供をバカにするか?松原始(動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。)

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。
 

するの…?(写真:iStock / DVrcan)

  「なあ、オレといっしょに、カラスに餌をやらないか?」

 人気のない階段の踊り場で壁に手をついて、この台詞を言われた時、笑って「うん!」と答える女子がいたら極めてポイントが高い。いや、頭がおかしい(念のために書いておくが、「頭がおかしい」は褒め言葉である)。

 壁ドンは冗談だが、今はとにかく、知り合いに片っ端から声をかけて、そう聞かなくてはいけないのだ。「今は忙しい」「実験中だから」と言われても諦めてはならない。「じゃあ、手の空いた時でいいから。いつだったらいい?」と食い下がり、「うん」と言わせなくては。

 もちろん、これはナンパではない。全ては、卒業研究のためである。

 1995年、4月。この時、私は大学の4回生だった。

 卒業研究のテーマは、「カラスは女子供をバカにするか?」。

「バカにするか?」というのでは主観的すぎて直接調べることができないので、ここでは「バカにしている=相手をナメている=より近くに寄って来る」と考える。要するに、人間の性別や年齢を見抜き、それに応じて接近距離を変えているかどうか、ということだ。

 考えてみたら、これができたらすごいことである。ヒトという全く違う生物を相手に、「オス成体」「メス成体」「オスでもメスでもいいから幼体」という極めて合理的な分類をあてはめ、かつ間違わずに分類してのけて、さらにそれぞれのグループの属性を抽出し、「一般論としてオス成体は戦闘力が高いのに対し、メス成体や幼体は攻撃的ではない、もしくは戦闘力が低い」と判断して行動しているということになる。

 そんなことができるのか?

 ちょっと考えてみるとわかるが、「大の男」と「女子供」という線引きには、他の捉え方もある。成人男性は一般に背が高いのだ。女性および子供は一般に成人男性より背が低い傾向がある。そして、体の大きさは個体の性能に直結する。大きな個体はより攻撃力が大きく、耐久性が高く、攻撃レンジが長い。うっかり近づくと危険な相手だ。つまり、単純にデカくて強そうな相手は敬遠するだけかもしれない。

 仮にカラスがヒトの身長を見て、「こいつ背が高いな、あまり近づかないことにしよう」と判断していても、見かけ上は「女子供をバカにしている」ように見えるわけだ。この方が「人間の性別と年齢」なんて特殊なカテゴライズと違って、汎用性がある。実際、多くの動物が喧嘩の時は体を大きく見せて、相手を威圧する。つまり、「デカい奴は強い」という共通の理解があるはずだ。そういう行動なら、カラスがやっていたとしても、まだ理解しやすい。

 実際、ニホンザルは相手の身長を見て接近距離を計っている場合がある。彼らはヒトの顔を見上げて、その時の角度に限界値を設けている。例えば30度までは見上げていいとすると、身長1メートルの子供に対しては1・7メートルの距離まで寄って来るが、身長2メートルのバスケット選手に対しては3・4メートルまでしか近づけない。

 さて、カラスでこれを確かめるにはどうすればいいか?

 簡単だ。様々な身長の人間に対して、カラスがどこまで近づくかを計測すればよい。被験者はなるべく多い方がいい。あと、身長の幅も、なるべく広い方がいい。私の知り合いの中で一番背の高いヤツは身長195センチくらい、一番背の低い人は148センチ。50センチくらい違えばなんとかなるか?

 だが、一つ確かめなくてはならないことがある。カラスの接近距離というのは、同じ身長の人間に対しては常に同じなのだろうか? ニャンコならその日の機嫌次第で、触らせてくれることもあれば、プイと逃げることもある。

 そこで、予備実験として、まずは私が公園に行き、カラスにパン屑くずを投げてみることにした。

 

 *

 

次回、実験を開始する松原先生。しかし寄って来たのはカラスではなく…?

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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