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カラス屋、カラスを食べる

2018.11.14 公開 ポスト

カラスたちにも上下関係がある松原始(動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。)

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。

iStock / wasny221

「カラスに餌をやらないか」

 実験してわかったのは、カラスは餌をやっているとどんどん数が増えること、個体数によって振る舞いが変わるかもしれないこと(他個体の行動に釣られることから見て、おおいにありそうなことだ)、「留まっていても怖くない」距離と「一瞬だけなら我慢できる」距離という2つの基準を持っていること、だった。もう1つは「ドバトが多すぎると実験にならない」だ。

 さて、予備実験を何度かやってみて、さらにわかったことがあった。

 まず、この実験は立ってやるべきではない。人間の体は、想像以上に、フラフラと動いているものなのだ。特に物を投げる動作がいけない。この時、よほど意識していないと上体が動く。そして、同時に足の構えやスタンスも動く。

 カラスはこれを非常に嫌がった。体幹が動いた瞬間に、カラスがサッと飛び下がるのである。つまり、カラスにとって「急に動き出そうとする相手」は常に警戒の対象、ということだ。ベンチに座っていると動きが小さくなるので、それほど警戒しない。

 実はこれによって「身長と接近距離を比較する」という大前提がガラガラと崩れてしまったのだが、「相手の高さ」という意味では座高でも一応いいだろう、と考えるしかなかった。「カラス観察ギプス」で体幹を固定するわけにもいかないからである。人によって身長と座高の関係は異なるのだが、座高計を持ち込むのもいかがなものか。ここはもう、「芸能人かファッションモデルでもない限り、そんなに極端には違わないだろう」と思うしかなかった。

 次に、人間が多すぎる時にやるべきではない。子供が走り回っていたりすると、カラスはすぐ逃げる。ネコおじさんが餌を持って来た時もダメだ。ビニール袋いっぱいの鳥皮を持ったおじさんが相手では、パン屑には勝ち目がない。カラスは全部そっちに持って行かれてしまう。

 そして、最も重要なことは、「カラスの接近距離は、私という同じ人間に対してでさえ、日によって全く違う」ということだった。そのため、2人の人間が餌をやり、私に対する接近距離を基準として、実験者への接近距離は基準の何パーセントになるかを計算することにした。仮説が正しければ、私より背の高い実験者への接近距離は100パーセントより大きく、私より背の低い実験者への接近距離は、100パーセントより小さいはずだ。

 かくして、私は昼休みの生協前に陣取り、昼食を取りに来る知り合いに声をかけまくった。同じクラスの友人はもちろん、サークルの友人や後輩、実習で知り合った人、学園祭で模擬店が隣だったヤツ、もうなんでもありだった。私はさして社交的な方ではないので、あそこで一生分、人に声をかけてしまった気がする。それにしても、いきなり「カラスに餌をやらないか」と言われて、無償でホイホイ手伝ってくれるのだから、大学の友達というのは実にありがたいものである。

カラスは新聞を読むか?

 友人が捕まらない時も、一人でカラスを観察しに行くことはよくあった。そういう時、カラスを眺めていると、非常にいろいろなことに気付かされた。

 あるハシボソガラスがテクテクと歩いていて、落ちていた新聞紙の横で足を止めた。じっと紙面を見ている。すごい、新聞を読むのか? と思ったが、見ているのは生命保険の広告だった。多分、カラスには適用されない。オオタカ捕食特約とかいりそうだし。

 カラスがじっと見ているのは、どうやら丸太の形をしたアイコンだ。影付きで立体的なアイコンなので、気になったようだ。首を傾げながらしばらく見ていたカラスは、いきなり嘴で「コン!」とアイコンをつついた。それからまた、テクテクと去って行った。

 また別のハシボソガラスは、どこかでフライドチキンを見つけ、大喜びでくわえて飛んで来た。ベンチの近くの、木の根元に舞い降りると、足で踏んで食べようとした。その時、樹上でバサッと音がした。1羽のハシボソガラスが、2メートルほど上の枝に止まったのである。

 途端、餌を持っていたカラスの頭の羽毛がサッと逆立った。それからピタリと後ろになでつけられた。そして、餌を放り出して飛んで行ってしまった。つまり、興奮して、緊張して、逃げたのだ。

 どうやら、枝に止まったカラスはずいぶんと地位の高い、怖い個体だったようだ。確かに体が大きく、羽の色艶も良く、傲然と首を伸ばしてふんぞり返った個体だった。こいつの前で餌なんか持っていたらひどい目にあわされる、と判断したに違いない。

 だが、なんとも皮肉なことに、この時、この強い個体は本当にたまたま、枝に止まっただけだった。餌を持っていた1羽が飛び去ったのを見て、初めて「ん? 誰かいたの?」と首を伸ばして覗き込んでいたのである。

 それから、こいつは地面に放り出されたフライドチキンを見つけ、ヒョイと下りて来ると食べてしまった。

 カラスの順位とは、かくも苛烈なものなのである。

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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