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カラス屋、カラスを食べる

2018.11.17 公開 ポスト

偉そうにしてたら横からご飯とられた松原始(動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。)

京都大学在学時からカラスに魅せられ25年。カラスを愛しカラスに愛されたマツバラ先生が、その知られざる研究風景を綴った新書カラス屋、カラスを食べる』を一部無料公開! 愛らしい動物たちとのクレイジーなお付き合いをご賞味あれ。毎週水曜・土曜更新!前回までのお話はこちらから。

iStock / Akchamczuk

カラス社会も大変だ

 実験中、私を取り巻く「カラス前線」を見ていると、順位が高いか低いかはだいたいわかった(ただし、個体識別ができていないので、翌日見たって誰が誰かはわからない)。強い奴は羽の色艶がいい。そして、傲然と胸を張り、首を膨らませて、グイと伸ばしている。どうやらハシボソガラスのアピールポイントは、この偉そうな姿勢だ。

 また、真っ先に私の目の前まで飛び込んで来るのは、強い個体ではない。むしろ、生きるか死ぬかの分かれ目にあるような弱い個体だ。彼らは危険を承知で人間に近づいてでも餌を取らないと、死んでしまうからである。しかも人間の近くにはライバルが少ない。

 その後方、人間の真正面で待っている奴は、なかなか色艶がいい。左右は少し弱そうだ。つまり、真正面という「パンが飛んで来そうな位置」で、かつ十分に距離を置いた場所、でも最前線、というのは、給餌を待つには最適な位置なのだろう。そこを占有できるということは、こいつはそれなりに地位が高いのだ。

 よく見ると、「カラス前線」は完全な円弧ではなく、楕円ないし放物線状である。私の正面は少し遠く、左右に外れるとちょっと近くなる。

 それでは、とベンチの上で体の向きを少し変えると、その方向のカラスたちがざわっと退く。後ろ向きに歩くのではなく、横を向いて、横っ飛びにピョンピョンと逃げてから、向き直ってまたちょっと近づくのだが、逃げる前よりは少し距離を空けている。

 なるほど、人間の真正面はちょっと怖いらしい。基本的に動物は体を向けた方向が攻撃方向だから、真正面とは「やられやすい位置」でもあるのか。だから、安心して留まっていられる距離が遠いのだ。

 カラスが多い時は、私の後ろにも回り込むことがある。もしかして、と思ってサッと振り向くと、後方はもっと距離が近かった。背後をいきなり攻撃することはない、と知っているのだ。

 そして、集団の中で一番強いカラスは、どうやらパン屑争奪戦には加わらない。そんなことをしなくても餌は取れるのだろう。

 だがある時、そのカラスが「何してんだ?」と寄って来たことがあった。

 この時はうっかり、最弱クラスのボロッちい個体がパンをくわえたままそいつの前に下りてしまった。かわいそうに、この弱い個体はいきなり嚙み付かれて引きずり回され、餌を放り出して逃げてしまった。そして、恐れをなした周りのカラスたちが後ろに下がり、花道を開けたのである。

 ここで注意しなくてはいけないのは、最強個体はパンが欲しかったのではないらしい、ということだ。攻撃自体は単純にイラついただけかもしれないが、結果として、強い個体は餌へのアクセス権を得た。

 最強個体はグイと胸を張って、傲然と顎を上げて最前線に出て来た。

 ここで、こいつの前にパンを投げたら何が起こるだろう? 他の個体は恐れて手を出さないだろうか?

 パンを投げると、カラスは飛んで来るパンを目で追い、一斉に首を巡らせる。そして、我先にと首を伸ばして取ろうとする。まるでブーケトスだ。時にはジャンプして空中でヒョイとキャッチすることもできるので、なかなか器用である。

 だが、カラスの少し前にパンが落ちて、コロコロと転がって来たら……?

 強い個体はサッと首を伸ばそうとした。だが、それより速かったのが、両側に控えていた2羽だ。彼らは従順に頭を下げていたので、もともと頭の位置が地上に近かった。その結果、何度やっても、最強個体はパンを取り損ねるのだった。

 だったら頭を下げて待っていればよさそうなものだが、そういうことはしたくないらしい。そして、両側に控えている2羽も、一応は遠慮しているように見えて、餌に対しては遠慮がない。

 カラスの社会もなかなか、面倒なものである。

関連書籍

松原始『カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん』

カラス屋の朝は早い。日が昇る前に動き出し、カラスの朝飯(=新宿歌舞伎町の生ゴミ)を観察する。気づけば半径10mに19羽ものカラス。餌を投げれば一斉に頭をこちらに向ける。俺はまるでカラス使いだ。学会でハンガリーに行っても頭の中はカラス一色。地方のカフェに「ワタリガラス(世界一大きく稀少)がいる」と聞けば道も店の名も聞かずに飛び出していく。餓死したカラスの冷凍肉を研究室で食らい、もっと旨く食うにはと調理法を考える。生物学者のクレイジーな日常から、動物の愛らしい生き方が見えてくる!

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カラス屋、カラスを食べる

カラスを愛しカラスに愛された松原始先生が、フィールドワークという名の「大ぼうけん」を綴ります。「カラスの肉は生ゴミ味!?」「カラスは女子供をバカにする!?」クレイジーな日常を覗けば、カラスの、そして動物たちの愛らしい生き様が見えてきます。

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松原始 動物行動学者。東京大学総合研究博物館勤務。

1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学博士。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。研究テーマはカラスの生態、および行動と進化。著書に『カラスの教科書』(講談社文庫)、『カラスの補習授業』(雷鳥社)、『カラス屋の双眼鏡』(ハルキ文庫)、『カラスと京都』(旅するミシン店)、監修書に『カラスのひみつ(楽しい調べ学習シリーズ)』(PHP研究所)、『にっぽんのカラス』(カンゼン)等がある。

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