ささいなことで落ち込む、褒められるのが苦手、人にノーと言えない、他人の目を気にして疲れてしまう、自分を優先できない……それはひょっとしたら「自己肯定感」の問題かもしれません。
親子関係によって「自己肯定感」を持てなくなった自分と向き合った『自分を好きになりたい。』が話題の漫画家わたなべぽんさんと、『自己肯定感、持っていますか?』で自己肯定感の大切さを知らしめてきた精神科医の水島広子さんがじっくり語り合いました。(構成・文 御友貴子)
自己肯定感はプライドとは違う
ぽん 『自分を好きになりたい。』は心理学などベースになるものはなく、ゼロから自分で取り組んだので、お医者様からご覧になると気になる部分もあるのではないかなと思ったのですが、どうでしたか?
水島 拝見しました。面白かったです。唯一思ったのは、私と細川貂々さんの共著『それでいい。実践ノート』を先に出しておいてよかったなということでしょうか(笑)。『自分を好きなりたい。』は子供の頃の自分に今の自分が語りかけるスタイルだと思いますが、『それでいい、実践ノート』は今傷ついている自分に親友の気持ちになって話しかけるスタイルなので、ちょっと似ているかなと思いまして。
ぽん(笑)。先生は以前『自己肯定感、持っていますか?』という本を出されていますが、自己肯定感という言葉はいつごろから使われたのですか?
水島 英語のセルフエスティームという言葉を自尊心と訳していたので、自尊心と自己肯定感を混ぜて使っていたんですが、自尊心だとプライドと間違える人がいるので、この本から自己肯定感という言葉に統一した感じでしょうか。
ぽん たしかに自尊心とプライドって混乱しますよね。
水島 プライドって、自尊心とか自己肯定感のない人の虚栄みたいなもので、自信満々な人は、実は自己肯定感がなかったりするんです。
ぼん 自己肯定感が精神医学的にも大事だと気づかれたのはいつごろなんですか?
水島 セルフエスティームの重要性は海外では昔から説かれていますが、精神医学的には……そうですね。ちょっと専門的な話になりますが、私は人の性質を示すのに、米国精神科医のクロニンジャーが提案した「7因子」というものを使っているんですね。先天的にもっている4因子に後天的に獲得できる3因子を加えて7因子。とくに後天的に獲得できる3因子が「自己志向」「協調」「自己超越」で、「自己肯定感」はこの最初の「自己志向」に近いものではないかと思います。
ぽん 「自己志向」とはどういったものなんでしょう?
水島 「自分でやれる」といった自分への内的な信頼感です。この「自己志向」の数値が低いと先天的な因子に振り回されたり、パーソナリティー障害や精神的な病気につながったりするんですね。だから私が治療でやっていくことって結局、患者さんの「自己肯定感」を高めることなんです。たとえば、私の専門のひとつに摂食障害がありますが、いわゆるスタンダードな治療は体重が何キロ以上になるまでベッド上で安静にといった行動療法的ですけれど、私の対人関係療法は食行動にはフォーカスしないで対人関係だけを見ていきます。
ぽん 対人関係だけをみて、患者さんは回復するのですか?
水島 自分についてよい感覚がもてないから、自分の体型をなんとかしようとして摂食障害が起きるわけですが、自分と人とがいい感じで関わることで、自分についてのよい感覚が生まれるんですね。「自分に対してふわっといい感覚がもてるか」が治療の鍵になります。これはひょっとしたら、わたなべさんの本のタイトル『自分を好きになりたい。』とはちょっと違うのかもしれません。
自分が嫌いなときって、主語が「自分」なんですよね。
ぽん でも、わかる気がします。私も「自分を好きになりたい」と思ってはいたのですが、そのために色々試してみて、本当はあまり自分に対して意識が向いてないほうがいいんだなと思うようになりました。たとえば、自分を嫌いなときって、ずーっと主語が自分なんです。「私って」「私って」って。でも、自分を嫌っていないときって、主語は自分にはならないんです。
水島 自分に対する意識が薄くなる感覚ですか?
ぽん 自分に対しての注目度が霧散した感じです。「こんなことを言ったら私ってどう思われるんだろう」という感じから、もう単純に「これやりたい」「いま楽しい」という感覚になるというか。
水島 たしかに、自分がなくなりますよね。逆に自己肯定感が低いときって「自分」「自分」になる。私はこれを「自虐的自己中心主義」と呼んでいるんですけど(笑)。
ぽん わかります(笑)。友達に相談すると「誰もそこまで見てないよ」と言われて、「だってー」ってなっちゃう。以前書いた『やめてみた。』の中でファンデーションをやめるというテーマを取り上げたのですが、「シミやシワが目立ったらどうしよう」「大丈夫、人はそんなにあなたの顔を見てないから」という下りがあって。それも同じですね。
水島 ところで、わたなべさんはなぜ「自己肯定感」に注目されるようになったのですか?
ぽん もう子供の頃から自分が嫌いで。普段生活していても、学校にいても、何かのきっかけでふと「私ってダメなんだ」となってしまうんです。大人になってからも、恋人や友達の言いなりになったり、突然攻撃的になったりして、自分の中で整合性がとれなくて。それでネットで見かけて「そうか、自己肯定感という言葉があるのか」と。先生にお聞きしたかったのが、自己肯定感って、一回手に入れたらもう大丈夫なものなんですか?
水島 仕事で失敗したり大失恋したりなど、衝撃的なことがあると一時的に下がることはありますが、自己肯定感を持っている人は、戻り方も知ってるんですね。下がることはあってもどん底まではいかない。
ぽん 失恋しても、「次の人にいこう!」みたいな?
水島 すぐにはそうなりませんが、そこにいたるまでの時間が短くなるんです。
母の記憶がフラッシュバックしてしまう
ぽん 私の場合は母との関係なんですけど、やっぱり自分では克服したつもりでも、今でも幼い頃ぶたれたり、暴言を吐かれたりしたことが、フラッシュバックしてしまって。
水島 見ないことにするというのもいいのかもしれませんね。
ぽん み、見ないことに!?
水島 これは一例ですが、親が発達障害の場合、一緒にいるだけでどうしても傷ついてしまうんです。私はそういう場合、48時間以上は一緒にいないという「48時間ルール」を提案しています。
ぽん わかります。私も3日一緒にいるだけで、ザワザワしちゃうんですよね。物理的に距離を置く以外に方法はありますか?
水島 基本的に相手を知れば、だいたいは予想された行動なので、「いつも同じパターンなのね」と思えるようになります。衝撃は受けても、大衝撃にはならならない。お母様のことで散々悩まれていた方に、親が発達障害の例を話したら、「これは単なる特性なのかもって考えたらすっきりしました!」ということもありました。
ぽん なるほど、考えすぎてしまうというのはありますね。私も母親と8年くらい連絡を断ったあとでまた連絡とるようになって。そのときに一大決心をして、母に聞いてみたんですね。
「あのとき私を散々ぶったのは、しつけのつもりだったの? それもとも、ストレス解消?」って。そしたら母は、「ストレス解消の部分もあった」と。それはそれで、うわっと思ったんですが(笑)。
水島 明確な悪意を認められたんですね。すごいですね。なかなかそういうふうに振り返れる人はいなくって、自分の事情を子どもにぶつけていただけ、と振り返れる人はそれだけで貴重な気がします。
ぽん 今は年に1回帰ってるんですけど、なるべく1泊2日か、2泊3日にして、なるべく長い時間一緒にいないようにしてますね。ただ、周りの人が「親孝行しなさいよ」とか言ってきたりすると、モヤモヤすることもありますが。
水島 そうやって決めつけてくる人もいますよね。人から評価ばかりされて育った人は、「評価をくだす」「余計なお世話を言う」「決めつける」ことしか人とつながる方法がわからない。ただ、黙って話を聞いてくれるとか、自分がつらいとき信じてくれるとか、評価される以外のコミュニケーションの経験がないんです。
ぽん アドバイスばかりの環境にいたら、自分もそうしなきゃって思ってしまうかもしれないですね。(続く)
自分を好きになりたい ~自己肯定感を上げるためにやってみたこと~
『やめてみた。』『もっと、やめてみた。』のわたなべぽん最新作!
幼少期のしんどい親子関係から、自己肯定感が低くなってしまい、「自分が嫌い」「どうせ自分なんて…」という辛い感情を抱えて生きてきた著者が、そんな状態から脱するために自ら考えたり、試したりしたことを克明に記した感涙エッセイ漫画。