一冊の本は、著者の力だけで完成するものではなく、そこには多くの人の手による「見えない仕事」が添えられている。このたび画家のnakabanさんとの共著『ことばの生まれる景色』がナナロク社から発売になるのだが(Titleでは13日より発売予定)、一年を通してこの本と向き合った人が、著者であるわたしとnakabanさん以外に、もう一人いる。
「編集者」と呼ばれる人には様々なタイプがいるが、この本の担当者である川口恵子さんは「よく読む」人だった。彼女のことを考えると、流行や話題に乗っかり何かを仕掛けていく「ガツガツとした姿」ではなく、本やゲラと向き合い、それを何度でも読んでいる姿がまず思い浮かぶ(見たことはないが……)。「編集者は第一の読者である」とはよく言われることだが、とかく「仕事」になりがちな本づくりの現場で、純粋な〈一人の読者〉として目のまえにある原稿を読むことがどれだけ難しいかは、察するに余りある。
この本を作る際の進めかたとして、1章ごとに原稿が書けたらまず川口さんに送り読んでもらっていたのだが、その原稿に少しだけ書き込まれて戻ってくる「鉛筆」が楽しみでもあり怖くもあった。そこには一つ一つの表現を直すというよりは、「ここをもう少し読みたい」とか「この章は伸び伸びと書かれていてよい」など、感想が少しだけ書かれていた。誰かに読んでもらうことではじめて、その文章は自分のなかから旅立ち、広い世界にその場所を見つけていく。それは何というか、心から安心できた瞬間だった。
実はこの『ことばの生まれる景色』は、途中で大きく全体を書き直している。それは川口さんからの求めに従い手を入れたのだが、当初からは想像もしなかったところに、最終的に着地したと思う。「次はどうなるの」という第一の読者の声に、押し出されるようにして書くことができた一冊だった。
今回のおすすめ本
数多くの恋愛を通り抜け、仕事や出合ったものを貪欲に吸収し、自らの表現の肥やしにする。そのようなアーティストが「ひとり」になったとき、そこにはどのようなことばが存在するのだろうか。ひたむきに生きてきた人が真摯に自らに問いかける、強くてヒリヒリするエッセイ。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー
三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念
東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。
※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
◯【お知らせ】
我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。