僕は今でも映像屋なので、映像屋のプロとして「どうしたら映像を少しでも楽しんでもらえるか?」という趣旨でここでの文章を書かせてもらっているのだが、まだ映像屋で第一線と言っても過言ではない場所で仕事をしている時には、逆に音楽に関係する、映像に関係する文章がお金になるなんて考えもしなかった。
もともと、「文章を書く」という行為に関しては、とてつもないリスペクトの念があり、書くこと自体が仕事の一部になることすら「ヤバい」と感じるくらいなのだが、ここ数年、なんだか行きがかり上、政治にも詳しくなったりしていて、時折、政治に関する文章を書くよう依頼を受けてきたのだが、ことごとくお断りしていた。なぜなら、ウッカリ後世に残ってしまうような言葉を考え出すなんて、自分には無理としか思えないからなのだ。
じゃ、映像はどうなのかと言えば、映像は文章や音楽に比べ、ちょっとだけ心理的に距離感がある。これが僕だけの感覚なのか、それとも多くの人がそう感じることなのかはわからない。ただ、映像が持っている人との距離感は映像をつくる上でとても大切なことだと思っている。
でも、天才たちはちょっと違うのかもしれない。距離感もなにもない、とにかく人の視覚情報を支配してやまない、人の記憶にその体験を深く刻み続ける人が時折出現する。その中でも特にすごく大事な瞬間だったのが2003年、アメリカで発売された「ディレクターズ・レーベル」(*1)というDVDなのだが、この謂わば「90年代ミュージック・ビデオ大全」のような作品集に関わった最初の3人のディレクターは、いずれも「天才」という言葉が相応しく、それぞれが別の個性を元に、それぞれモンスター級の作品を生み出し続けた。
この人たちの個々の作品に触れ始めるとこの連載30回分くらいの量になってしまうので、今後も事あるごとに彼らのことは書かざるを得なくなると思うが、まずは3人の名前だけでも皆さんには覚えておいてもらいたい。スパイク・ジョーンズ(*2)、クリス・カニンガム(*3)、ミシェル・ゴンドリー(*4)の3人。前回からのつながりで言えば、この人たちが世に出るのにはやはりマドンナが深くかかわっているし、デビット・フィンチャーとの親交も確認されている。フィンチャーの「ソーシャル・ネットワーク」のファーストシーンの撮影現場にスパイク・ジョーンズが立ち会っていたくらいなので、彼らはそれはそれはリスペクトしあっているのだろうな、ということは窺える。
ということで、今回はその中でも1曲だけ紹介しておこうと思う。Björkの「It's Oh So Quiet」という作品だ。
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