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辺境生物はすごい!

2020.02.29 公開 ポスト

【人生がつらくなったら生物に学ぶ】「うつ」になった私を救った「辺境生物」の生き方とは【再掲】長沼毅

誰かに褒められたい、認められたい、人より勝ちたい……。自分の人生なのに、いつもそこに「他人」を登場させて戦い、「勝ち負け」「優劣」ばかり気にしているのが人間だとしたら、辺境生物は「自分と戦う」生き物だそうです。北極、南極、深海、砂漠……私たちには想像もつかない「辺境」に暮らす生物に光を当てた『辺境生物はすごい! 人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』の記事を再掲します。2020年、更に人間様はお疲れのご様子。どうか少しでも疲れが飛んでゆきますように……。

「40代前半」に危機は訪れる

「世界」にはかなわないのだから、不遇でもジタバタしないで風向きが変わるのを待つ──前章では、そんな話をしました。なんだか偉そうに人生訓を垂れているように聞こえたかもしれませんが、これは私が自分自身に言い聞かせていることでもあります。

iStock.com/shironosov

 実際、私にも、いろいろなことが思うようにならずにジタバタと苦しんだ時期がありました。42歳の頃です。ちょうど、男の厄年とされる年代。人生の折り返し地点でもありますから、このあたりで転機を迎える人は多いかもしれません。

 私の場合、その時期に、周囲の人々との軋轢が生じてしまいました。思いどおりにならないことを「世界にはかなわない」と受け入れるどころか、「なぜオレの言ってることがわからないんだ!」という不満を募らせ、強い調子で自己主張をくり返していたのです。

 そのために孤立した私は、心労が重なり、うつ状態になってしまいました

 今から振り返れば、人間関係がうまくいかなくなった原因に、思い当たるふしがあります。あの頃の私は、自分のミスや間違いを決して認めようとしませんでした。

 たとえば研究費の申請が書類審査で「現実的ではない」と却下されれば、それまでの自分の研究であまりよい結果が出ていないことを棚に上げて、「あいつらはわかってない」と腹を立てる。痛いところを突かれた批判に対しても、かなり攻撃的に反論しました。

 そんなふうになってしまったのは、自分の能力や仕事の成果を「認められたい」という焦りがあったからだと思います。これは、私だけでなく、40歳前後の年代にはよくあることではないでしょうか。

 たとえば会社で出世をしようと思ったら、周囲からの評価を高めないといけません。でも、自分のミスや間違い、あるいは能力不足を認めてしまうと、評価が下がってしまう。だから、うまくいかないことは「他人のせい」にしたくなるわけです。

 ここで問題なのは、仕事のやり甲斐や生き甲斐などの価値を「他人」に依存してしまうことでしょう。そこには2つの意味があります。ひとつは、自分自身の達成感や手応えは脇に置いて、他人に認められることを最優先にしてしまうこと。もうひとつは、競争の中で他人(ライバル)を追い落とせば「勝ち」と考えることです。

 でも、他人は(当たり前ですが)自分ではないので、自分の思うとおりにこちらを評価してくれるとはかぎりません。そういう「自分以外の世界」を無理やり思いどおりに動かそうとすれば、無理が生じて苦しくなるのは当たり前でしょう。

 また、他人を蹴落として「勝つ」ことだけにこだわるのは、きわめて成功確率の低い生き方です。たとえば甲子園の高校野球でもサッカーのワールドカップでも、勝ち抜き戦で最終的に勝利者となるのは、たったひとつのチームだけ。会社の出世競争でも、もし社長になることをゴールとするなら、同期の中で勝利者となるのはせいぜい一人です。

 実際には、同期入社組から必ず社長が出るとはかぎらないので、勝つのは0.3人ぐらいかもしれません。いずれにしろ、そこを目的としているかぎり、どんなに頑張っても大半の人は「敗者」になってしまうわけです。

 思い出してください。前にも書いたように、辺境生物は「勝負」をしないことで生き残っています。自分の半径数メートルの狭い視野で考えるのをやめて、広い視野を持てば、戦ってぶつかることが「ムダだな」と思えるようになるのではないでしょうか。

人生に「勝ちモデル」はない

 でもスポーツの場合、優勝しなくても、満足感や達成感を得て大会を終えるチームはいくらでもあります。「初出場」「初勝利」「グループリーグ突破」「ベスト8進出」など、途中で敗退しても「成功」といえる結果はあるのです。

iStock.com/PongsakornJun

 出世もそれと同じでしょう。社長まで登り詰めなくても、それなりの企業でそれなりの地位を手に入れて、端から見れば「勝ち組」だと思える人はたくさんいます。ところが、達成感を他人に依存していると、一人でも自分を追い越していったライバルがいれば「負けた」と感じてしまう。下を見れば何百人も部下がいるのに、上を見て敗北感を味わうことになるのです。

 もちろん、そういう人間の競争心や向上心がこの社会を発展させる原動力のひとつであることはたしかでしょう。サイエンスの世界も、研究者同士の競争があるからこそ、これまで多くの発見が成し遂げられてきました。

 ですから、他人との競争自体を否定するつもりはありません。でも、そこで他人に負けたからといって、それによって苦しむのはつまらない。自分の人生の価値が、他人によって左右されるのは、ひどくもったいないことに思えます。

 そもそも、「他人との競争に勝つ」ことと「人生に勝つ」ことは同じではありません。それ以前に、「人生に勝つ」ことが何を意味しているのかよくわからない。

 みんな最後は死ぬわけですが、その人生がどうなったら「勝った」ことになるのでしょうか?

 この問いに対して明確に答えられる人は、たぶんいないと思います。

 たとえば、他人との競争に勝利を収め、何かの分野で自他共に「トップ」と認められた人は、端から見れば「人生の勝者」のように思えるでしょう。しかし、本人が(競争にではなく)人生で勝利を収めたという実感を得ているとはかぎりません。

 つまり、人生には「勝ちモデル」がないのです。あるのは「負けモデル」だけ。自分が求めていた地位に到達できなかった、裕福になれなかった、結婚できない、子宝に恵まれない、才能がない……などなど、もしかしたら「負けモデル」は人の数だけあるかもしれません。

 みんな、実は「どうなれば人生に勝ったことになるのか」がわかっていないのに、なぜか敗北感だけは味わうわけです。

 こんなに空しいことはありません。もし「人生の勝利」が幻想にすぎないのだとしたら、それを求めて生きた人は全員が敗者になってしまいます。誰も勝っていないのに、みんながそれぞれ「自分が負けた」と思い込む。そこが、「他人との競争」と「人生の勝敗」の違いなのかもしれません。

 辺境生物には、我々のような感情はありませんから単純には比較できるものでもありませんが、「厄介な他者」とでなく「自分の置かれた環境」と戦うこと、すなわち「自分との戦い」において生きているのを見ると、心がすっと冷静になるのです。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『辺境生物はすごい!』をご覧ください。

関連書籍

長沼毅『辺境生物はすごい! 人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』

極地、深海、砂漠などの辺境は、人類から見ると「特殊で過酷な場所」だが、地球全体でいえばそちらのほうが圧倒的に広範で、そこに棲む生物はタフで長寿。「一見生きにくそうな世界も、そこに棲む者にとっては都」「“弱肉強食”は、生物の個体数が多い地域の特別なルールでしかない」など、辺境生物を知ると、我々の常識は覆され、人間社会や生命について考えることがどんどん面白くなる。私たちの常識は、地球規模では大間違い! 辺境生物学者である著者の科学的冒険を辿りながら、かたい頭をやわらかくする科学エッセイ。

長沼毅『深海生物学への招待』

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長沼毅『世界の果てに、ぼくは見た』

砂漠、海洋、北極、南極、そして宇宙。「科学界のインディ・ジョーンズ」と呼ばれる著者にとって、世界の果ては夢の地だ。——砂漠に架かる"月の虹"。美しい色の細胞を持つ微生物。世界最北にある24度の"冷たい温泉"。辺境は、未知なるもので溢れている。思考の翼を広げてくれる、地球の神秘の数々。研究旅行での出来事や思索を綴ったエッセイ。

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辺境生物はすごい!

北極、南極、深海、砂漠……私たちには想像もつかない「辺境」に暮らす生物がいる。そんな彼らに光を当てた一冊が、生物学者で「科学界のインディ・ジョーンズ」の異名をもつ長沼毅先生の、『辺境生物はすごい!――人生で大切なことは、すべて彼らから教わった』だ。知れば知るほど、私たちの常識はくつがえされ、人間社会や生命について考えることがどんどん面白くなっていく。そんな知的好奇心をくすぐる本書から、一部を抜粋してお届けします。

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長沼毅

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。 専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。 酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。 Naganuma WEB http://home.hiroshima-u.ac.jp/hubol/members/naganuma/ Twitter @naganumatakeshi http://twitter.com/naganumatakeshi

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