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理系あるある

2018.12.10 公開 ポスト

「疑似科学」に厳しい小谷太郎

ナンバープレートの4桁が「素数」だと嬉しくなる、花火を見れば「炎色反応」について語りだす、液体窒素でバナナを凍らせる、疑似科学に厳しい……。物理学者、小谷太郎さんの著書『理系あるある』は、理系の人なら身に覚えがありそうな行動や習性が満載。文系の人も、これで理系の人の気持ちがわかるかも? 楽しく読めて、おまけに科学の知識も身につく、一冊で二度おいしい本書の一部をお届けします。

「マイナスイオン」はウソ?

 疑似科学、あるいは似非科学とは、科学に偽装された科学でない何ものかです。

iStock.com/marchmeena29

 日常目につく疑似科学といえば、一見科学的な用語をちりばめた怪しい商品群でしょう。生命力を高めるタキオンベルト、水質を浄化するEM菌、細胞に浸透するクラスター水、万病に効くビタミンC等々、店の棚にはファンタスティックな効能をうたう商品が並びます。

「○○大学/NASAの研究によると」「○○博士が発表した」「最新物理学によれば」といったカガク的コピーが躍ります。

 そしてそういう疑似科学商法ほど、理系の人を刺激するものはありません。疑似科学を見過ごせる理系の人はいないといっていいでしょう。

 それは知性に対する挑戦であり、科学に対する侮辱です。許せません。でたらめなコピーに指を突きつけ、店先で告発が始まります。無知に付け込む悪徳業者が糾弾されます。付き合わされる家族や知り合いは「また始まったか」と思います。

 糾弾の矛先は、むざむざ疑似科学に騙され容認する世間にまで向かいます。たまたま居合わせた家族や知り合いは、どうしてこんなのに騙されるんだ、見逃してはいけない、と世間代表で責められます。

 その宣伝のどこがそんなに悪質なのかわからない家族や知り合いは、そういわれると、なんだか申し訳ない気持ちにさせられます。ごめんなさい。

 これも疑似科学商法のある種の被害かもしれません。

 日本を代表するような大企業でさえも、疑似科学商法と無縁ではありません。誰でも知っている有名家電メーカーが、マイナスイオンやらナノイオンやらプラズマクラスターなる代物を放出するドライヤーや歯ブラシやマッサージチェアを販売しています。

 マイナスイオンとは、本来の意味では、余分な電子がくっついた原子や分子のことです。電子はマイナスの電荷を持っているので、余分な電子がくっついた原子や分子もマイナスの電荷を帯びます。電荷を帯びた原子や分子を「イオン」と呼ぶので、これはマイナスイオンということになります。

 逆に、電子を取り去ってプラスの電荷を帯びている原子や分子はプラスイオンです。紛らわしいので、本来の意味のマイナスイオンは「陰イオン」、本来の意味のプラスイオンは「陽イオン」と呼ぶことにします。

 陰イオンや陽イオンは珍しい存在ではありません。たとえば食塩、つまり塩化ナトリウム、つまりNaClは水によく溶けますが、食塩水中では塩素イオン(Cl-)とナトリウムイオン(Na+)の形でふらふら漂います。水に溶けるという変化は、

 NaCl→(Na+) + (Cl-)

 と書かれます。塩素イオン(Cl-)は陰イオン、ナトリウムイオン(Na+)は陽イオンです。右肩のプラスやマイナスが陽イオンと陰イオンのしるしです。スープや味噌汁だってイオンをふくむわけです。NaClがばらばらのイオンとなって水中を漂う様子がこの式から思い浮かぶでしょうか

大企業にも蔓延するエセ商品

 ところで「塩化ナトリウム」は「塩素(塩化)」が前で「ナトリウム」が後ですが、化学記号「NaCl」になると「Na」が前で「Cl」が後です。これは、化学記号を書くとき、電子を奪われる方を前、電子を奪う方を後に書くという規則があるためです。

iStock.com/Grafner

 ただし電子を奪う方、奪われる方にきれいに分かれる化学物質ばかりではないので、あらゆる化学式にあてはまるルールではありません。

 一方、怪しい商法に登場するマイナスイオンは水分子に電子がくっついたものを指すようです。さらに酸素がくっついたものと説明されることもあります。

 説明の内容は文献によってちがい、明確な定義は見当たりません。(疑似科学の)マイナスイオンの明確な定義が存在しないからです。空気中のマイナスイオンを吸い込んだり髪にくっつけたりすると、髪がうるおったり体にいいことがあると宣伝は(遠回しに)主張します。

 まあ(疑似科学の)マイナスイオンはほぼ水なので髪はうるおうでしょうが、ただの水でもうるおいます。マイナスイオンだとかナノイオンだとかいった大仰な名前から連想されるほどの効果はありません

 シャープは、「ダニのふん・死がいの浮遊アレル物質のタンパク質を分解・除去」する「プラズマクラスター」なる物質を放出する掃除機を販売していました。プラズマクラスターというのはシャープの造語で、説明を読むと(疑似科学の)マイナスイオンと大して変わりません。

 この広告は「実際のものよりも著しく優良であると示すもの」、つまり誇大広告であるとして、2012年に消費者庁から措置命令を受けました。消費者庁もたまには仕事をするようです。疑似科学に憤る理系の人にいわせると、まだまだ不充分ですが。

 それにしても、もしプラズマクラスターやマイナスイオンにタンパク質を分解・除去したり、菌を殺す効き目があるなら、ただの水にもそういう効き目があってよさそうな気がします。水は大量の水分子からなりますが、その中にはわずかに、自然に分離して陰イオンの状態になっているものがあるからです。

 そうなると、タンパク質は水で分解し、水の中で菌が死ぬことになります。タンパク質が水で分解するなら、タンパク質でできている人間がプールに入るとえらいことになるでしょう。マイナスイオンやプラズマクラスターを信じる人は心配にならないのでしょうか

 プラズマクラスターやマイナスイオンに効き目がなくて幸いです。

 

関連書籍

小谷太郎『理系あるある』

ナンバープレートの4桁が「素数」だと嬉しくなる、花火を見れば「炎色反応」について語りだす、液体窒素でバナナを凍らせる、疑似科学に厳しい……。物理学者、小谷太郎さんの著書『理系あるある』は、理系の人なら身に覚えがありそうな行動や習性が満載。文系の人も、これで理系の人の気持ちがわかるかも? 楽しく読めて、おまけに科学の知識も身につく、一冊で二度おいしい本書の一部をお届けします。

小谷太郎『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』

2002年小柴昌俊氏(ニュートリノ観測)、15年梶田隆章氏(ニュートリノ振動発見)と2つのノーベル物理学賞に寄与した素粒子実験装置カミオカンデが、実は当初の目的「陽子崩壊の観測」を果たせていないのはなぜか? また謎の宇宙物質ダーク・マターとダーク・エネルギーの発見は人類が宇宙を5%しか理解していないと示したが、こうした謎の存在を生むアインシュタインの重力方程式は正しいのか? 本書では元NASA研究員の著者が物理学の7大論争をやさしく解説、“宇宙の今”楽がしくわかる。

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小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

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