ナンバープレートの4桁が「素数」だと嬉しくなる、花火を見れば「炎色反応」について語りだす、液体窒素でバナナを凍らせる、疑似科学に厳しい……。物理学者、小谷太郎さんの著書『理系あるある』は、理系の人なら身に覚えがありそうな行動や習性が満載。文系の人も、これで理系の人の気持ちがわかるかも? 楽しく読めて、おまけに科学の知識も身につく、一冊で二度おいしい本書の一部をお届けします。
イメージは本当なのか調査してみた
理系の人はチェック柄のシャツを着ている、というイメージが世に流布しています。理系の大学生は冬でも夏でもチェックのシャツを着てキャンパスを歩き、理系の教室はチェックのシャツで埋まると噂されます。チェックのシャツを着ている人を見たら理系だと思えといわれます。
噂の出どころは定かではありませんが、これは本当でしょうか。何が理系ファッションをチェックで染めるのでしょうか。理系男子やリケジョに今年のオシャレはチェックがイチオシとか指令を与えるのは何者でしょうか。デカルト座標か結晶構造に見えないこともないあの格子縞が理系の美的感覚のどこかその辺を刺激するのでしょうか。
仮説はいくらでも考えられますが、まず本当にいま理系男子やリケジョにチェックがトレンドなのかどうか、フィールド・ワークを行なって確かめてみました。
日本天文学会の会合には国内の天文学・宇宙物理学の研究者・大学院生が集まります。この2013年秋季年会の高密度天体のセッションと飛翔体観測機器のセッションの会場で、参加者のうち何人がチェックのシャツを着ているか調査してみました。標本数は82人になりました。
また、ギリシャで同じころに開かれたExplosive Transientsという国際会議でも同様に調査を行ない、85人の標本(うち日本人6人)を数えてチェック率の国際水準を調べました。
さらに青山学院大学理工学部の教室で学生のチェック率を調査し、123人の学部生を標本に加えました。結局標本数290人中、チェックのシャツを着ているのは30人となり、つまり、
理系のチェック率=(10±3)%
ということになります。
プラスマイナスのあとについた3は、ポアソン分布を仮定した測定の誤差です。今回の測定には3%ほどの誤差があり、真のチェック率は90%の確率で7%~13%の範囲にあることを意味します。
会場内のチェックのシャツを着た人の数は、たまたま筆者が数えたときにトイレに立った人がいたとか、昨日の呑み会でシャツを汚してしまって着替えを買いに行ったら店にチェックしかなかったとか、そういう偶然によってゆらぎます。
チェックのシャツの人数は、馬に蹴られるプロイセン兵の数と同様にポアソン確率分布にしたがうと仮定すると、そのゆらぎは、
となります。チェックのシャツの人数の平均値は何回も測定を行なわないと本当はわかりませんが、おそらく今回チェックのシャツを着ていた30人くらいだろうと考えて、ゆらぎは≒5.48と見積もることができます。これを1.645倍すると、90%の確率で真の値が誤差範囲に収まる「90%誤差」が得られます。チェック率の90%誤差は、
1.645×5.48/290≒3%
となるわけです。
「理系=チェック柄」ではなかった
ちなみに日本天文学会と国際会議のチェック率に差はなく、どこの国でも似たような柄のシャツを着ていることがわかりました。また、学部生と大学院生・研究者の間にも、明確な差は見つかりませんでした。
ここで得られた約1割というチェック率は、さほど高いようには思われません。実際どの会場でもチェックのシャツは目立つほどではなく、キョロキョロ探さないと見つかりませんでした。
比較のため、立教大学の文系学部生のチェック率も調査してみました。教室で、学生が配られたプリントに取り組んでいる間にシャツの柄を記録して回るという手法を用いました。標本数は189で、
文系のチェック率=(5±3)%
という結果が得られました。
これを見て、「文系だと5%ということは、やはり理系のチェック率は文系より2倍も高いんだ」と思われたら、それは読みちがいです。
誤差を考慮すると、結論は「理系のシャツのチェック率は(10±3)%で、さほど高くない。文系との有意なちがいは見つからない」ということになります。理系の人はチェックのシャツを着ているというイメージを確認することはできませんでした。
もっと標本数を増やすと差が明らかになるでしょうか。500人近い標本を集めたのに有意な差が検出できなかったことから考えて、差はないか、あってもわずかでしょう。チェックのシャツは、一目で理系集団と文系集団を区別できるような標識になり得ません。
ただしこの標本の取り方が偏っている可能性はあります。天文学研究者と青山学院大学理工学部の学生は、理系の標準的な標本ではないかもしれません。
今後、別の理系分野での追調査が待たれます。