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ペンギン鉄道なくしもの係

2018.12.13 公開 ポスト

#4 まさかの運命の出会い?――前向きに生きる後押しをくれるハートウォーミング小説名取佐和子

 電車での忘れ物を保管する、通称・なくしもの係。そこにいるのはイケメン駅員となぜかペンギン。不思議なコンビに驚きつつも、訪れた人はなくしものとともに、自分の中に眠る忘れかけていた大事な気持ちを発見していく――。
 第5回「エキナカ書店大賞」第1位に輝いた、『ペンギン鉄道なくしもの係』。駅のなかの本屋さんが選んだ、「いちばんオススメの文庫本」です。今回は特別に、本書の冒頭を少しだけみなさんに公開します。

私とフクの強い絆

 真実がわかったとたん、涼しいではなく寒いと感じるのはなぜだろう? 響子は身震いしながら、立花とよく似た岩見という男性の顔を見上げた。

「えー。こちらが岩見さん、で、こちらが笹生さんです」

iStock.com/AntonioGuillem

 互いを紹介してくれる守保の声が水の中のように遠く聞こえる。「どうも」と岩見は人懐こく頭をさげてきた。そういうところも立花っぽいと思う。先輩なのに先輩ぶらず、女子力の低い、パッとしない後輩のことも平等に気にかけてくれる人だった。響子はぎこちなく会釈を返す。目が泳いでしまう。おまえは内気な中学生か、と自分で自分に突っ込んでみたが、笑い飛ばせる余裕がなかった。

 響子のそんな窮地を救ったのは、守保だ。

「まずお詫び致します。このたびは弊社の遺失物確認作業に不手際があり、申し訳ございません」

 守保はそう言って、カウンターに並んだ響子と岩見に頭をさげた。きれいに染まった赤い髪がサラサラゆれている。守保としてはただ業務を遂行しただけだろうが、響子は態勢を立て直す時間がもらえてホッとした。心から感謝してしまう。

「それは、もういいですよ。同じ日に同じバッグに入った同じ骨壺が二つ届くなんて偶然、普通ならありえない。俺だって、まさか自分の受け取った骨壺の中身が違っている可能性があるなんて考えてもみませんでした」

 隣で朗らかな声があがる。見上げると、岩見がりりしい眉を動かして快活に喋っていた。響子の視線に気づくと、岩見は「そうだ」と大きなボストンバッグをカウンターにおろし、中から見慣れた黒のメッセンジャーバッグを取り出す。

 カウンターに二つ並んだ黒いメッセンジャーバッグは同じメーカーの品だった。使いこんだ具合もちょうど同じで、鏡に映っているみたいだ。

「これは……たしかに」と響子がうなると、「見分けられませんよね」と守保が言葉を引き継いだ。

「あ、でも、俺が持ち帰った方が、あなたのバッグですよ」

 岩見がなんでもないことのように言う。響子が顔をあげるのと、守保が尋ねるのは同時だった。

「どうしてわかるんですか?」

「え? 確認したら、俺のじゃなかったんで」

「骨壺の中を?」

「はい。やっぱり一応は、と思いまして」

 響子は思わず「すごいな」と小さくつぶやいた。岩見に「え?」と聞き返され、口ごもりながらも言う。

「骨だけで自分の子じゃないってわかったんですよね? すごいな」

「あ! 犬と猫で骨の形が違うから、とか?」

 守保がクイズにでも答えるような気軽さで尋ねると、響子が首をかしげた。

「岩見さんの子はワンちゃんでしたか?」

 岩見はさっぱりとした短髪の頭を掻いて一瞬ためらった後、肩をすくめる。

「いや、俺の子も猫です。でも、わかりました」

「わかるもんなんですねえ」

 守保が感心したようにうなると、岩見は響子の方を向いて頭をさげた。

「すみません。結果的に、あなたの骨壺を勝手に覗いてしまったことになっちゃって」

「ご自分のバッグだとばかり思っていたんですから、仕方ないですよ。ありえない偶然だったんだから」

 響子は「ありえない偶然」を無意識に強調してしまう。ありえない偶然って運命と言い換えてもいいんじゃないかな、と考えたとたん耳が熱くなった。

 岩見は「では、こちらを」と自分が持ってきた方のメッセンジャーバッグを響子の前に押し出そうとしたが、守保の体のわりに大きな手に止められる。

「ちょっとお待ちください」

 長くふぞろいな前髪のすきまから上目遣いに響子と岩見を見比べ、口角の上がった口をフニャッと曲げる。口調は今までと同じくていねいだったが、守保ははっきり言い切った。

「今度こそ、お二人ともしっかり確認してからお受け取りいただきたいと思います」

「確認って……まさか?」

「はい。岩見さんがなさったように、笹生さんも骨壺の中をたしかめていただけませんか? 二つの遺失物の違いはもう、そこしかないので」

 響子は唇を噛んで、二つのそっくりなメッセンジャーバッグを見比べる。ぷつぷつと泡立ってくる感情は、一言でいうと恐怖だった。

 フクの死から一年経っても、ほぼ毎日夢で最期のお別れを繰り返しても、響子はまだどこかでその事実を受け入れられないでいる。でなきゃ、骨壺など持ち歩かない。骨壺の重みそのものをフクの存在とし、骨壺の中身がフクの骨──死の果ての姿──であることについてはずっと考えるのを避けてきた。

 響子は首を横に振り、くぐもった声で告げる。

「無理です」

「そこをなんとか」と守保がねばる。

「だから無理だって! 骨壺の中を見たとしても、岩見さんと違って私は、たぶん骨だけじゃフクだってわからないよ」

 肩を震わせて感情的になった響子に、岩見がくっきりした二重瞼の目をみひらいて加勢してくれた。

「駅員さん、骨壺を二つ共覗けって無理強いするのはどうかな? 笹生さんにとってはむごいんじゃないですか?」

「むごい?」と守保は心底驚いたように、赤い髪をゆらして首をかしげる。

「岩見さんも笹生さんも早くご自分のペットの骨をお墓的なものに納めてご供養したいんですよね? だったら、間違った骨を持って帰る方がむごいと思うんですが」

 なんだよ、お墓的なものって? 響子はむっとしたが、だまっていた。フクの骨を墓に納めたいなんてさらさら思っていない。そんなの自ら「死んだ」「もういない」って認めるようなものじゃないか。私はフクとずっといっしょにいる。いなきゃいけないんだ。

 この人もそう思っているんじゃないのかな? 響子は岩見を見る。どんな事情で愛猫を亡くしたのかは知らないけど、でも、バッグも骨袋も骨壺もすべて私と同じ物を選んだこの人なら、今、私と同じ気持ちであっても不思議じゃない気がする。

 そんな響子の夢想が伝わったかのように、岩見が響子の目を見返す。そして微かにうなずくと、守保に向き直った。

「ちょっと、二人にしてもらえますか?」

「えええっ」

 芝居がかって驚く守保を無視して、岩見はつづける。

「俺らの遺失物は物ではないんです。骨壺をあけての確認は、精神的にきつい作業になると思います。だから、当事者だけでやらせてもらえませんか? なんなら後から鉄道会社には一切クレームを入れないって念書を先に書いておきますから。ねっ、笹生さん?」

 岩見の高い鼻と大きくて力強い瞳がとつぜん響子に向く。響子はうわずった声で「はい」と答えた。ダメ押しのようにコクコクコクと三回もうなずいてしまう。

 守保はそんな二人をじっと見比べていたが、やがてあきらめたようにロッカーから出した方のメッセンジャーバッグを響子に差し出した。

「では、どうぞ。私はここにいますので、確認作業が終わったら戻ってきてください。おのおの受領証にご捺印いただき、手続きは終了となります」

 岩見は守保に軽く会釈すると、自分の持ってきたメッセンジャーバッグをふたたびボストンバッグに戻し、なくしもの係の引き戸をあける。響子も守保に持たされたバッグを提げて、岩見の広い背中につづいた。「二人にしてもらえますか?」と堂々と守保に頼んでくれた岩見の低い声が耳の中でずっとこだましていた。

iStock.com/Silent_GOS

 待合室だと守保に声が聞こえてしまいそうなので、二人は連れだってプラットホームに上がる。いつのまにか太陽が真上に近づき、日陰が少なくなっていた。

「暑いですね……」

 響子はうめくように言い、ボトルの水をあおる。岩見が見ている前で熱中症に倒れたくはない。

「ですね。公園の方に行きましょうか? 一応、木蔭とかあったはず」

 岩見が先導するように身をひるがえしかけた時、ホームに上がる階段をえっちらおっちらのぼってくる影が見えた。

「ペンギンだ」

 二人の声がそろう。岩見にもあの黒と白のツートンカラーの生き物が見えていることを知って、響子はホッとした。マボロシじゃなくてよかった。

「ここで飼われているみたいですね」

「駅で? 本当に?」

「うん。俺が来た時はオフィスの中をペタペタ歩いてました。あの駅員からアジか何かの小魚をもらってましたよ」

 岩見が語る光景を想像するだけで、響子の頬はゆるんでしまう。だらしのない顔でペンギンに見とれていると、岩見が軽く咳払いした。

「骨壺の確認なんですが」

「あ、はい……」

 現実に引き戻され、響子は岩見に向き直る。今から骨壺を覗いてフクの骨を見なければいけないのかと思うと、恐怖と緊張で肩がガチガチに張ってくる。泳ぐ前みたいに何度も肩を回す響子に、岩見の意外な言葉がかかった。

「どうします? 本当にやりますか?」

「え?」

「だって、俺ら飼い猫を亡くしたばかりで、ただでさえ気持ちの整理が大変な時期じゃないですか。骨なんか見たら、また別れの悲しみがよみがえってきてしまいますよ」

「あ……私は『ばかり』じゃないんです」

 響子の声は小さくなる。「は?」と大きな目をさらにみひらいた岩見に対し、響子は消え入りそうな声で説明した。

「骨壺を持ち歩くようになって、もう一年経つんです」

「……そうだったんですか」

 岩見は形のいい額に微かな憂いをにじませ、深くうなずいてくれる。

「わかります。まだ遠くにいってほしくないって気持ち。離れがたいって想い。愛すればこそ、ですよね」

「いや、まあ……亡くなったことを認めたくないって気持ちはたしかに……」

 響子がむずがゆくなって頭を掻くと、岩見はしばらく言葉を探すように視線をさまよわせていたが、やがて立派な眉をキリリとあげて断言した。

「そこまで強い絆で結ばれた飼い猫なら、なおさら骨を見るのなんて嫌でしょう? つらいんじゃないかな?」

「強い……絆……」

 言葉に詰まる響子の頭上をオルゴール風にアレンジされた『SWEET MEMORIES』が流れた。電車到着を告げるアナウンス代わりの音楽らしい。ほどなく電車が突風と共にレールの軋む音を響かせてやって来る。

(続く)


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こちらもあわせてお楽しみください!

 

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名取佐和子

兵庫県生まれ。明治大学卒業後、ゲーム会社でRPG制作に携わる。退社後、フリーライターとして、ゲームやドラマCDのシナリオを手がける。

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