セックス、ギャンブル、アルコール、オンラインゲーム……人間はなぜ、これらをやめることができないのか? 鍵を握るのが、脳内物質「ドーパミン」だ。テレビなどでもおなじみの脳科学者、中野信子先生の『脳内麻薬――人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』は、そんな不思議な脳のしくみに迫った一冊。ドーパミンの働きから、そのコントロール法まで、知的好奇心をくすぐる本書の一部を公開します。
「恋愛依存症」の原因とは
セックス依存症が「プロセス依存」であるのに対し、恋愛依存症は「人間関係への依存」に分類されます。
恋愛依存症は、特に外部からは認識されにくいものです。
麻薬やアルコールなどの「物質依存」の場合はその物質を求める行動が見られます。インターネットやギャンブル、セックスなどのプロセスへの依存の場合も、行動を観察していれば見つけることは難しくないでしょう。なによりもこの2種類の場合、当人に依存症の自覚があることが多いのです。
しかし人間関係への依存はほかの2種と違って、なんの物質的証拠もない上に行動も通常の人となかなか区別がつきにくい、さらに当人に依存している自覚もないという厄介なものです。
ただし、セックス依存症と恋愛依存症には、共通点が多いのも事実です。プロのカウンセラーの中にも「ほとんど同じもの」という扱いをしている方がいます。
あえて分けるなら、恋愛からセックスに至る一連の過程のうち、恋愛のドキドキ感に対して依存が形成されるのが恋愛依存症、セックスの快感に対して依存が形成されるのがセックス依存症でしょう。しかし両者の境界ははっきりしません。
ただセックス依存症が恋人との性行為だけではなく、マスターベーションやインターネットを介した刺激、性風俗への傾倒などを含むのに対して、恋愛依存症は人間のパートナーを必要としますから、より実現困難な欲求を抱えているともいえます。
セックス依存・恋愛依存ともに、その根源にあるのは強い性的欲求ではなく、「寂しさ」です。中には、「一人でいると急にわけのわからない寂しさに襲われる。寂しさは恐怖に近い」と表現する人もいます。
言い換えれば、対人関係の希薄さから来るストレスを恋愛とセックスのどちらで紛らすかによって、分かれるともいえます。
「恋は盲目」は脳科学で説明できる
ただ、セックスには恋愛の確認と、性欲の発現という2つの目的があります。恋愛感情と性欲は、脳の中ではどうやら区別されているようです。
アメリカの神経生物学者ルーシー・ブラウンは恋愛初期のカップルを募集し、恋人の写真を見ているときと赤の他人の写真を見ているときで、脳内で活性化している領域を比較しました。
その実験により、恋人の写真を見たときにはVTA、A10神経を中心とする報酬系が活性化していることがわかりました。逆に、判断の中枢である前頭連合野、社会的認知に関わる側頭極・頭頂側頭接合部は活性が低下していました。これと同じ研究を北京で行っても同じ結果が出たことから、民族性による差は少ないといわれています。
エモリー大学のキム・ウォレンらは、同じ脳スキャン実験で、恋愛と性的衝動を区別する面白い結果を得ています。
男女それぞれ14人ずつの成人の異性愛者に、性的な画像と、彼らがいま恋愛中のパートナーの画像を見せて、脳の活動パターンを比較する実験を行った結果、男性も女性も性的な画像や恋人の画像を見たときに報酬系が活性化することが確認できたのです。
つまり、恋愛とセックスでのドーパミンの放出そのものには、本質的な差はないのです。
しかし、脳のほかの部分では、恋人の顔写真を見せたときに、単に性的な画像を見せたときには起こらない反応が生じました。
まず、脳の中で判断能力を担っている部分と、社会性を司っている部分(前頭連合野)の活動が低下したのです。これは言うなれば、恋人の顔を見るときには客観的・社会的な判断は飛んでしまう、ということを示しています。
さらに、視覚情報を処理する部分、注意・運動・体性感覚機能などを司る部分である大脳皮質については、広範囲に活動が見られました。
これらの結果を考え合わせると、どうも、恋人の顔を見るときには、客観的に判断することはストップして、ただ相手の姿を見ることを楽しもうとしているかのようです。
この結果については思い当たる節があるでしょう。「恋は盲目」や、「あばたもえくぼ」という言葉は、この状態をうまく表現しているといえます。
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この続きは幻冬舎新書『脳内麻薬――人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体』をご覧ください。