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本屋の時間

2018.12.15 公開 ポスト

第51回

2018年 こんな本と出合いました辻山良雄

Matt_Gibson/iStock

 毎日本屋には、数多くの新しい本が届き、それぞれの本は、それを求める人の元へと旅立っていく。今年も手にするだけで嬉しくなるような本がたくさん出版されたが、そのなかでも特に印象に残った本をいくつかご紹介します。

 

『本を贈る』 若松英輔ほか著(三輪舎)

  この本の出版を記念したトークイベントで、著者の一人である、出版取次の川人寧幸(やすゆき)さんと話をした。川人さんとは二十年以上前に、とある大型書店のバックヤードでともに「汗を流して」仕事をしたが、それ以来わたしが店を開くまで、彼と会うことはなかった。トークはお互いの空白の時間を探り合うように進んでいったが、川人さんの口からは「労働」「荷卸し」など、〈肉体という実体〉を伴うことばが多く発せられた。

 長い年月は、哲学や芸術を愛する青年を、一人の気骨ある「労働者」に変える。そこには他人には窺い知れない苦労や挫折があったかもしれないが、目のまえの川人さんを見ていると、そうした平坦ではない人生に癒されるようにして、いまここにいる印象を受けた。

 時を経て厚みのある再会を与えてくれた、この本に感謝したい。
 

一冊の本が読者の手元に届くまでには、数多くの人のよき仕事が、そこに添えられている。著者、編集、校正、装丁、印刷、製本、営業、取次、書店員、本屋という10人の著者がそれぞれの仕事を語ったこの本は、彼らが実際に製本や印刷、校正などを手掛け、現物を見るだけでその思いやコンセプトがそれとなく伝わってくる。
『本を贈る』若松英輔ほか 三輪舎

 

『セリー』森泉岳土(KADOKAWA)

 失礼な言いかたになるかもしれないが、森泉岳土さんは、一見「漫画家」には見えない。そのすらりとした立ち姿は、仕事のできるエンジニアのようでもあり、感じのよいツアーコンダクターのようにも見える。しかしそれはわたしの漫画家に対するイメージ(衣食は気にせず、豪放磊落……)が古いだけで、森泉さんのように作品や人に対して繊細な心遣いをする人でなければ、いまという時代は掴めないだろう。

 森泉さんの漫画はいわゆる一枚絵ではなく、パーツごとに描かれ、それらを組み合わせてコマが成り立っている。自らの作家性は、その「パーツを組み合わせる」という編集作業のなかで効果的に演出されていくが、そこには足し算だけではない複雑な計算式があるのだろう。それが従来の漫画では体験できない、まったく新しい表現を切り拓いていく。

 わたしが「初期化」され、その記憶がなくなってしまったとしたら、それはわたしと言えるのだろうか。この世界からすこし先、でも今とは地続きの、人間とヒューマノイドの物語。わたしのなかに、全てがある。
森泉岳土『セリー』(エンターブレイン)

 

『旅芸人の記録』中野真典著(くちぶえ書房)

 絵本作家として数多くの著作もある中野真典さんだが、久しぶりにお会いしたとき「思っていたより小柄だな」という印象を受けた。控えめに話をされ、その場の空気をなるべく波立たせないようにしている身のこなしが、そう思わせたのかもしれない。

 中野さんの自主製作の本は、ダイナミックな絵が洗練された冊子のなかに収まった、一見して「素晴らしい」ものだった。手にした瞬間そう思い、すぐに感想を伝えたところ、中野さんは何か考えるようにチラリとわたしを見ただけで、それには何も答えることはなかった……。

 そのあと会話は何もなかったかのように、普段通りに戻っていったが、こちらの軽薄を射抜くような一瞥こそが中野さんなのであり、いまでもずっとその視線に問いかけられているような気がしている。

 なぜ、そんなに「旅芸人」に魅せられるのだろう。大地から湧いてくる形と色彩、自らの記憶が未分化に差し出される。ダイナミックでいながら繊細な、中野真典の魅力が味わえる一冊。
中野真典『旅芸人の記録』(くちぶえ書房)


 

 今年の「本屋の時間」はこの回が最後です。来年もまた、この場所でお会いしましょう。(今回のおすすめ本のコーナーはお休みします)

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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