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人殺しの論理

2018.12.28 公開 ポスト

後妻業・筧千佐子、拘置所からのラブレター小野一光

 世間を震撼させた凶悪殺人犯と対話し、衝動や思考を聞き出してきたノンフィクション作家の小野一光氏。残虐で自己中心的、凶暴で狡猾、だが人の懐に入り込むのが異常に上手い。そんな殺人犯の放つ独特な臭気を探り続けた衝撃の取材録が、幻冬舎新書『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』である。

 発売6日で即重版となった大反響の本書から今回は第6章「筧千佐子の秋波――近畿連続青酸死事件」を公開。〈後妻業〉として世間の話題をさらった筧千佐子。彼女と交際したり結婚したりした高齢男性が次々と亡くなっていたことが判明している。千佐子との面会を重ねた小野氏のもとには、恋文のような文言がちりばめられた手紙が届くようになったという。

(写真:iStock.com/Muenz)

初対面で「死刑」と口にした初めての殺人犯

 3件の殺人罪と1件の強盗殺人未遂罪に問われ、2017年11月に京都地裁で死刑判決を受けた“近畿連続青酸死事件”の筧千佐子。彼女が過去に結婚や交際をした高齢の男性が、次々と死亡していたことが判明している。死亡したのは大阪府や兵庫県、奈良県と近畿一円に住む男性で、その数は判明しただけでも11人に上った。

 判決の2日後である11月9日、千佐子は私を面会室に招き入れた。つまりは面会を承諾したのである。

 赤いセーターを着て私の前に現れた千佐子は、挨拶に続いて私が彼女の実家と同じ北九州市の出身であることを告げると、「そうなん? いやあ、懐かしいわあ……」と喜んだ。

 そんな彼女に、自分はこれまで多くの殺人事件の被告と会っており、今後の裁判の流れなどについての情報を教えられることを話したうえで、なにか知りたいことがあれば遠慮なく尋ねてほしいと切り出した。

「はい、質問」

 千佐子はすぐに声を上げる。

「私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?

 みずから「死刑」というセンシティブな単語を持ち出すとは予想していなかった私は、彼女のそのあけすけな問いかけに驚いた。だが、ここは平静を装ったほうがいいと考え、落ち着いた口調で「まだまだですよ」と返答した。

 しかし千佐子はなおも「具体的には?」と食い下がってくる。

「いやいや、高裁や最高裁がまだあるでしょ。刑の確定までに2年近くかかると思いますよ。しかも、確定したってすぐに執行されるわけじゃないです……」

「私いま70でしょう。75まで生きられるんかなあ?」

「そら生きてるでしょう」

 千佐子とそうしたやりとりを交わしながら、私は不思議でならなかった。現在は死刑が確定している殺人犯5人と面会してきた経験のなかで、ここまで単刀直入に死刑や自身の生命の期限について口にする人物はいなかったからだ。当然ながら、そのことについて私から切り出すこともない。だが、彼女は会ったばかりの私に平然と質問を投げかけ、この場での話題としているのである。その心理は量りかねた。

潤む目、親しげな笑顔、そして嘘

 私は5回目の面会に際し、ネット上で探し出した写真をプリントして持参した。それは千佐子の母校である北九州市の東筑高校や、彼女が青春時代を送った昭和30年代の北九州市の街並みの写真である。それらをまず面会室で見せ、差し入れる。すでにその前の面会では、江國香織の本を2冊と林真理子の本を1冊、さらに彼女の高校時代の卒業アルバムを複写した写真を差し入れている。

 写真を見た彼女の目は、懐かしさですぐに潤む。そして自身の北九州市での思い出について語り始める。この日は前回に続いて千佐子が大阪の矢野家(仮名)に嫁いでからの話になり、近くにあった本家から意地悪をされたという恨み言を口にした。また、彼女が長年の友人からした借金についての話題が持ち上がり、事前の取材で借金を返済していないことを把握していたが、彼女は返済が終わっているとの嘘をついた。その嘘について私は追及することなく、「そうなんですね」とだけ返して面会を終えた。

 東京へと戻った私を待っていたのは、彼女からの速達葉書だった。そこには、この手紙の前に菓子の差し入れに対しての礼状を書いたが、住所を間違えて返送されてきたと書かれていた。

 以後、それから12日後の千佐子との面会までの間に、2日に1度のペースで彼女からの手紙が自宅に届いた。そうした手紙には、本などの差し入れへのお礼のほか、〈待ってま~~す。人恋しいのでお会いしたいで~~す〉といった文字が躍る。

「先生、やっと来てくれましたね」

 6回目の面会では、千佐子は私の顔を見るなり、そう言って笑顔を見せた。

楽しい話、あまり楽しくない話、また楽しい話で締めくくる

 その日、「矢野プリント(仮名)」という、最初の夫の死後に千佐子が受け継いで倒産させた、衣料プリント会社の立ち上げについて話し、そこからふたたび彼女が矢野家の本家からひどい扱いを受けたとの恨み言に話題が流れた。

 そこで私は彼女が事件を起こした原因に繋がると考えられることについて、初めて触れることにした。

「投資とかでおカネを稼ごうとしたのは、本家を見返すため?」

 すると千佐子は間髪を容れずに返す。

「そうですよ。おカネを稼いで、後ろ指をさされないようにしたかったから

 徐々に踏み込んでも大丈夫な気配を察した私は、それ以降の面会で、彼女の交際相手や結婚相手について、順を追って尋ねていくことにした。

 7回目には北山さん(仮名)と宮田さん(仮名)、8回目にはふたたび北山さんと笹井さん(仮名)の思い出話といった具合だ。私はそうした話を切り出すに際して、時間の組み立てを心がけるようにしていた。面会者の多い拘置所では10分くらいしか面会時間が取れないこともあるが、京都拘置所は概ね15分から20分の面会時間があった。そこで、最初の数分は楽しい話、途中であまり楽しくない話、最後の5分間でまた楽しい話を割り当てることで、次回の面会に繋がるようにしたのである。

 10回目の面会では、千佐子に北山さん、笹井さん、宮田さんとの思い出を手紙に書いてほしいと伝え、彼女は了承した。だがしかし、それは最後まで実行されることはなかった。その後も千佐子から送られてくる手紙は、恋文のような文言が多用され、〈人恋しいです。お会いしたいです(本心で)〉といった言葉や、〈こんな処(? シューン)にいるのに、こんな出会い(? ?)があるなんて夢のようです(夢ならさめないで)〉といった文字がちりばめられている。それは彼女からの“秋波”であり、過去に高齢男性に対してこのようなアプローチをしていたのだろう、ということが窺える文面だった。

 

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関連書籍

小野一光『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』

「腕に蚊がとまって血ぃ吸おうとしたらパシンて打つやろ。蚊も人も俺にとっては変わりない」(大牟田四人殺人事件・北村孝紘)、「私ねえ、死ぬときはアホになって死にたいと思ってんのよ」(近畿連続青酸死事件・筧千佐子)。世間を震撼させた凶悪殺人犯と対話し、その衝動や思考を聞き出してきた著者。一見普通の人と変わらない彼らだが、口をつく論理は常軌を逸している。残虐で自己中心的、凶暴で狡猾、だが人の懐に入り込むのが異常に上手い。彼らの放つ独特な臭気を探り続けた衝撃の取材録。

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小野一光

1966年、福岡県生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに数々の殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。最新刊『昭和の凶悪殺人事件』のほか『冷酷 座間9人殺害事件』『全告白 後妻業の女 筧千佐子の正体』『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』『連続殺人犯』『限界風俗嬢』など著書多数。

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