「平らかに成る」からは程遠く、年々カタストロフが顕在化してきた平成の世、その瓦解のしかたは、国家総動員体制から悲惨な戦争へとひた走った大正の終わりと重なる――と片山杜秀さん。『平成精神史――天皇・災害・ナショナリズム』から「あとがき」をお届けします。
(記事の最後には、白井聡さんとの刊行記念イベントのご案内があります)
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子供の頃、日本の総理大臣は永遠に佐藤栄作だろうと思っていました。私は1963(昭和38)年生まれ。そのときは池田勇人首相でしたが、赤ん坊はそんなことは知りません。1964(昭和39)年に佐藤内閣ができたので、初めて覚えた総理大臣の名は佐藤栄作。そうしたら、そのあといつまでも佐藤。1972(昭和47)年の夏まで佐藤。大人にはそうでもないのでしょうが、子供にはものすごく長い期間でした。小学校3年生までずっと変わらなかったのですから。
田中角栄新総理が誕生したとき、当たり前のことには違いないのですが、ギクリとしました。変わってしまうなんて!
そうそう、読売ジャイアンツの9連覇もありました。1965(昭和40)年から1973(昭和48)年まで、プロ野球のセントラル・リーグでは毎年、巨人軍が優勝し、日本シリーズでも負けませんでした。これも大人には人生の一時期の一コマだったのかもしれませんが、巨人軍の9連覇は、なぜか佐藤内閣とかなり被っており、私にはこれまた永遠という現象の発動のように感じられていたのです。
1974(昭和49)年に中日ドラゴンズが優勝したとき、私はセントラル・リーグで、初めて巨人軍以外のチームが第1位になったのを見ました。何にでも終わりが来るらしいと教えてくれたのは、私の場合は、たまたまの生まれ年のせいで、佐藤栄作と読売ジャイアンツだったのです。
しかし、それからもなおずっと終わらないものがありました。昭和です。昭和も60年代に入り、私はチェーホフの『桜の園』の登場人物、万年大学生のトロフィーモフを気取って、いつまでも大学生のつもりで、学部を卒業してからも、なお6年、大学院生をしていましたが、修士課程を終え、博士課程になっても、依然として昭和は続いていました。その頃読んだ荒俣宏の『帝都物語』も、いつまで経っても昭和が続いている筋書きになっていたと思います。
そんな昭和にもついに終わりの日が来ました。1989年1月。平成時代の到来。私は明治と大正と昭和のそれぞれの長さを考えました。明治は45年と長く、大正は15年と短く、昭和は64年とまた長い。この三代を参考にして想像すると、平成はやはり短めではあるまいか。平らかに成るというくらいで、比較的のどかで調和のとれた間奏曲のような時代が続くのではないか。万年大学生の希望的観測です。
ところが、まるで違いました。平成は思いのほか長く、しかもたくさんの予期せぬ「終わり」を含んだ時代になりました。波乱波乱また波乱、混迷が混迷を、分裂が分裂を呼ぶ、荒(すさ)みの世になりました。
ソ連が終わり、バブルが終わり、高度成長も終わり、自民党長期政権も終わり、地下鉄サリン事件によって安全社会の神話も終わり、アメリカ一極支配も終わり、マグニチュード九の地震なんて日本近海では発生しないという神話も終わり、原子力発電所の安全神話も終わり、日本の四季の自然なめぐりも終わったかのようであります。
戦後日本の繁栄が終わったとは言えないけれど終わりが見えてきたようでもあり、天皇が自らの意思で退位し、元号も崩御を伴わずに改まるという、天皇と元号の新しい終わり方まで示されました。しかしおそらく、始まったと言えるものは少ない。退却や後退や立ちすくみの時代だったのかもしれません。
といっても、平成はまだあまりに生々しく、距離を置いて見るには近過ぎる。そこで本書では、平成そのものの事象に突っ込んだところもありますが、明治・大正・昭和に遡って、歴史から平成を照射する仕方もずいぶんと使いました。小泉政権や安倍政権の経済政策や金融政策の話ではなく、井上準之助や高橋是清の話をするというような。平成そのものを見るのではなく、平成の見方を養う。一種の迂回戦術ですが、決して損はないと思います。
大正から昭和への移り変わりは、関東大震災の痛手が癒えぬうちに世界大恐慌に巻き込まれ、経済の恢復をはかって大陸での利権獲得にのめり込み、国際関係を悪化させ、ついに戦争となり、破局に至る、たいへんな時代となりました。
大正と重なるところも妙に多い平成のあとも、昭和初期のような困難が予想されます。それでも次の元号の時代に幸あれと願います。
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本書の刊行を記念して、12月22日(土)14時~、ベストセラー『永続敗戦論』『国体論』などの著書がある白井聡さんとの刊行記念イベントを行います。詳細はこちらの幻冬舎大学講座案内からどうぞ。
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