MVに最先端の技術が注ぎ込まれ、「視覚」の更新が次々と起こっていった90年代、そこにあったのは「背中をゾワっとさせる」何かなのだが、そういう感覚が僕らを襲ってくる前の時代は、もっと前頭葉を直撃する「空気の震え」みたいなものだった。なんて無理やり難しげに表現しなくても、今まで想像でしか動かなかったアーティストたちが画面上で動き、歌い、踊る様は、単純に僕らの感情を揺さぶった。
遠く極東の日本にいると、余程の大物かタイムリーな話題性のある人たち以外のイメージは雑誌の中の写真、つまり止まった姿だった。言葉は常に活字であり、レコードという約30cmの大きさの媒体には、そこそこの文字数になるライナーノーツが付属されていて、そこに書いてある、本当に見てきたような情報を頼りに僕らはアーティストを理解しようと必死だった。そんな時代にいきなり画面に現れ動き出す対象物を見て、興奮なのか、幻滅なのかはともかく、感情を大きく揺さぶられたのは間違いない。
しかもだ。映画では2時間かけて堪能するはずのストーリー展開やメッセージが、アーティストそのものが主人公になって、たった5分以内で僕らに届く。そんなお手軽な感覚の更新が5分ごとに連続し24時間継続するメディアがアメリカでは始まっていたのだ。その24時間を想像して10代の少年少女たちは興奮が収まらなかった。
僕が初めてアメリカに行ったのは1982年の夏、高校2年生の16歳、バンド仲間とQueenのコピーバンドをやり、同級生バンドでサザンのコピーバンドをやるというカオスの中で過ごしていた頃だ。2週間くらいの行程で、カリフォルニア州をバスで一周したのだが、旅の始まりと終わりにサンフランシスコで3日と2日、それぞれホテルに泊まった。その時にもうすでにMTVは始まっていたはずなのだが、そのホテルのTVにMTVが映っていたのかどうか? 僕の記憶の中では映っていたはずなのだが、自分の記憶力にまったく自信がない。
なぜなら、僕の記憶ではその時に、a-ha (*1) の Take On Me を観たことになっているのだが、その曲の発売は実際には1985年なので、僕が大学生になった年なのだよ。いやはや、あの時に観たと思っているビデオは実際には誰の何のビデオだったのだろうか? まったくもって歳をとるということは切ないことなのだ。
世界中で大ヒットした「Take On Me」a-ha(1985)。1stアルバム「Hunting High And Low 」(1985)に収録されたデビュー曲。
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MTVが教えてくれたこと
1981年8月1日午前0時に「観る音楽」の文化を作り出し、熱狂を巻き起こした音楽番組MTVは始まった。CM→MV(ミュージック・ビデオ)→映画監督という流れができ、あらゆる映像技術がMVで試されて行ったあの時代を振り返る。
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