「正しさ」ばかり求められる社会だから「裏アカウント」に救われる
はあちゅう氏の新作『仮想人生』は、Twitterに匿名アカウントを持った男女が織りなす人間模様を描いた、ネット時代の恋愛小説だ。日本社会は、人の生き方に対してあらかじ決められた「正しさ」を求める。男女関係については特にそうだ。だからこそ、匿名で別の自分を演じられる「裏アカウント」で救われる人たちもいるのだろう。
僕自身もそういう意味では裏アカウントがそのまま作家になった人物である。もっとも僕は、メディアなどで発言することが著しく制限されていた金融機関に務める会社員であったため、会社に隠れて表現活動をするためのペンネームのアカウントがどうしても必要だったのだが……。
人妻のユカは、33歳、裕福な夫を持ち何不自由ない暮らしをしていた。しかし、人材派遣会社を経営する夫の帰りは遅い。高級マンションに一人残され、人知れず淋しさを募らせている。そして、はじめたのがTwitterの裏アカウントだった。「結婚四年目セックスレス人妻。DM開放しています。」という紹介文とともに。すぐに人気が出てフォロワーが増えはじめる。「人妻」「セックスレス」など、どことなく後腐れのないセックスができそうな雰囲気を醸し出せば、女性ならすぐに人気が出るのがネットの世界だ。そして、ナンパ師たちの裏アカウントやネットで出会いを求める大学生たちと、匿名のまま密かに交流をはじめるのだった。淋しさを埋めるために。
僕のペンネームで作ったTwitterアカウントも、いつの間にか多数のフォロワーを抱えるようになってしまった。Twitterアカウントを通して、様々な方と交流する機会を得た。それが僕の人生にとって良かったことなのかどうかはわからないが、そのまま会社で働いていたらできなかった経験をすることができたのは確かだ。幸いなことに、本も何冊か出版することができた。そして、実名アカウントだったら、ひっそりとはじめていた恋愛工学の研究がこんなに発展することはなかっただろう。
男女の恋愛には本音と建前がある。そして、表に出る恋愛に関する記述も、どことなく建前や政治的な正しさに引きずられてしまう。政府が主催する少子化対策委員会などから出てくる提案を見ればそれは明らかだろう。建前の世界でいくら議論しても、男女が出会い、セックスして子供が生まれるという、そうした人間の生々しい営みはまったく無視されてしまう。まるで、労働環境を改善したり、男女平等を推進したりすると、どこからともなくコウノトリが赤ちゃんを運んでくるみたいだ。
Twitterを見渡すと、恋愛工学を実践している人たちの裏アカウントが多数あり、実際に街に飛び出し、あるいはネットで出会う異性と実践を重ねている。裏アカウントたちが、みな喧々諤々と議論を交わしている。小説『仮想人生』の中で必死に生きている登場人物たちとどことなく重なる。彼らは、今日も、ユカのような女性と出会うために、ネットの世界に思いを綴っているのかもしれない。
スマホを開くと、そこには日本社会のしがらみの反動で作られたような、別の世界が広がっているのだ。
(作家/投資家 @kazu_fujisawa)
仮想人生
現実世界で「普通の人」でいるために裏での息抜きが必要なんだ。
ネットを知り尽くすはあちゅうさんにしか描けない、SNSでむき出しになる人間の素顔。
衝撃の裏アカウント小説『仮想人生』について。