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本屋の時間

2019.01.15 公開 ポスト

第53回

あるはずのものがない違和感辻山良雄

先日、書店員のSさんが来店し、雑談の折に「辻山さんのところは、スリップがなくなっても困らないの?」と尋ねられた。本の業界以外の人にとっては、あまりなじみのないことばかもしれないが、スリップとは書店に並ぶ販売前の本に挟まっている紙のことである(丸い頭がちょこんとページのあいだから飛び出しているアレです)。以前は主に本を管理するために使われていたが、昨年あたりから、そのスリップを本に挟み込むことをやめる出版社が急増しているのだ。

 

 

困るか困らないかでいえば、非常に困る。大きな出版社は、「売上データを集計するPOSレジが入っていない書店など、この時代にありえない」と思っているであろうから、TitleのようにPOSレジを使っていない、時代錯誤な店のことは想像もしないのだろう。スリップは売れていった本の代わりに手元に残るので、それを使って売れた本を確かめ再注文するなど、色々と使用方法はあるのだが、それについてここで詳しくは書かない。

むしろわたしが気になるのは、用途というよりはスリップのない本の〈見た目〉だ。スリップを挟んでいない本は、人の家の本棚や新古書店の本棚に並んでいる本と、きれいなことを別にすれば何ら変わりがないように見える。つまりスリップとは、その本が「誰も手を付けていない新刊本である」と一目でわかる証なのだ。

これまで書店では、客がレジに持ってきた本のスリップを抜き、それを渡した瞬間に、その本は客のものになるという流れがあった。スリップのない本は、そもそも誰の本だか一見してわからないし、すべてがスリップのない本で埋め尽くされた書店は、それが新刊書店かどうかも判別がつかない(新刊と古書を一緒に扱っている店のことを想像してほしい)。〈わが社の経費削減〉のためだけに、スリップをやめる方向に流れているのだとすれば、「それはもう少しよくお考えになられては?」と言いたい。

 

今回のおすすめ本

『フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり』フィリップ・ワイズベッカー  青幻舎

近すぎてあたりまえのように思っているものの価値を、誰かに教えてもらうことがある。実家の押し入れに眠っている古い郷土玩具も、改めて見ると独創的なフォルムが新鮮に思える。外国人の視点から、各地に息づく手仕事を訪ねた紀行文。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

◯2025年3月14日(金)~ 2025年3月31日(月)Title2階ギャラリー

 「あなたのための劇画的小品集」刊行記念 上村一夫原画展

漫画家・上村一夫が1974年に発表した短編集『あなたのための劇画的小品集』の復刊にあたり、当時の上村作品を振り返る原画展を開催します。昭和の絵師と呼ばれた上村一夫は、女性の美しさと情念の世界を描かせたら当代一と言われた漫画家でした。なかでも1972年に漫画アクションに連載された「同棲時代」は、当時の若者を中心に人気を集め、社会現象にもなりました。本展では、『あなたのための劇画的小品集』と同時代に描かれた挿絵や生原稿を約二十点展示。その他、近年海外で出版された海外版の書籍の展示・販売や、グッズの販売も行います。


◯2025年4月5日(土)~ 2025年4月22日(火)Title2階ギャラリー

 大江満雄展—書肆侃侃房『大江満雄セレクション』刊行記念

大江満雄(1906-91)は、異なる思想を持つさまざまな人たちと共にありたいという「他者志向」をもち、かれらといかに理解し合えるか、生涯をかけて模索した詩人です。その対話の詩学は、いまも私たちに多くの示唆を与えてくれます。
Titleでは、書肆侃侃房『大江満雄セレクション』刊行に伴い、著作をはじめ、初公開となる遺品や自筆資料、写真などを紹介する大江満雄展を開催します。
貴重な遺品や私信に加え、大江が晩年「風の森」と名付けて、終の棲家とした家の写真パネルなども展示。本書収録の詩や散文もご紹介します。

 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)

 

◯【お知らせ】

メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
 

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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