「まだ読んでないの?」と話題のノンフィクション、鈴木智彦さんの『サカナとヤクザ――暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)の試し読みを4回にわたってお届けします。第1回は「はじめに」から。
記事の終わりに、鈴木智彦さんトークイベントのご案内があります。
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密漁とはルール破りの漁業である。
海水浴客が磯のサザエやアワビを獲っても、漁師が許可を受けてない魚種を捕獲しても、禁漁期間を守らなくても、規定サイズ以下の稚魚や稚貝を採捕しても、そのいずれもが密漁になる。一部には暴力団が深く関与している。それは公然の秘密だった。
最初に取材したのは三陸のアワビである。津波が街を破壊した隙に、暴力団は高価な海産物を、根こそぎ奪い取っていた。
北海道に渡って取材すると、有名な観光朝市が泥棒市になっている事情がみえてきた。黒いダイヤと呼ばれるナマコを狙う密漁団たちは、深夜、素潜りの限界ラインである水深40メートルまで潜り、毎年、数人が行方不明となり遺体すら見つからない。東端の根室では北方領土海域にレポ船や特攻船が出現し、かつて密漁が街を支えていた。
首都圏でも暴力団は漁業に食い込んでいた。7年連続水揚げ日本一を誇る千葉県・銚子港は漁業組合のボスが暴力団だった。移転問題で揺れた築地市場で働く年配者なら誰もが、暴力団と市場の蜜月を知っているだろう。
夏の風物詩、ウナギの稚魚であるシラスは、水産庁も認めるほど暴力団に牛耳られ、密漁が横行していた。絶滅危惧種に指定されたいまも、その3分の2が密漁・密流通である。いまどき、これほど黒い産業は他にない。
密漁を求めて全国を、時に海外を回り、結果、平成25年(2013年)から丸5年取材することになってしまった。関係者にとって周知の事実でも、これまでその詳細が報道されたことはほとんどなく、取材はまるでアドベンチャー・ツアーだった。
ライター仕事の醍醐味は人外魔境に突っ込み、目の前に広がる未知なる風景を切り取ってくることにある。そんな場所が生活のごく身近に、ほぼ手つかずの状態で残っていたのだ。
加えて我々は日々、そこから送られてくる海の幸を食べて暮らしている。暴力団はマスコミがいうほど闇ではないが、暴力団と我々の懸隔を架橋するものが海産物だとは思わなかった。
ようこそ、21世紀の日本に残る最後の秘境へ──。
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この続きは書籍『サカナとヤクザ――暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)で。
1月26日(土)14時より、幻冬舎イベントスペースにて鈴木智彦さんのトークイベントを開催します。詳細・お申し込みはこちらのページからどうぞ。