「まだ読んでないの?」と話題のノンフィクション、鈴木智彦さんの『サカナとヤクザ――暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)。「岩手・宮城 三陸アワビ密漁団VS.海保の頂上作戦」と題された第一章。お寿司屋さんでアワビを頼むのをためらってしまうような、驚きの現状が明かされます。
記事の終わりに、鈴木智彦さんトークイベントのご案内があります。
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「黒いあまちゃん」は本当にいる
きっかけは大ブレイクしたNHK朝の連ドラ『あまちゃん』だった。甚大な震災被害を被ったアワビの産地・三陸地方に移住した主人公が、若い海女さんとして修業を積んだ後、再び上京してアイドルを目指す青春ストーリーだ。編集者とネタ出しをしている際、ドラマの話になり、その後、アワビの密漁がヤクザのシノギらしいことを説明した。
「じゃあ、黒いあまちゃんがいるかもですね」
編集者は無邪気にはしゃいでいた。
別れてすぐ知り合いの住吉会系暴力団組長に電話をかけた。アワビ密漁の概略はすぐに分かった。
「あれだけ簡単に儲かる仕事は他にない。海で金を拾っているようなもの」
アワビは漁業者にも、そして密漁団からも、“磯の王者”と呼ばれるらしい。定着性海産物の中では大型で、突出した高価で取引されるからだろう。
組長の談話だけでもアワビの密漁は組織的な犯罪で、ドラマのように爽やかではないと推測できた。かつては漁業そのものが原始的略奪産業と呼ばれていた時代がある。農業のように育てることをせず、資本を使わず、自然界が生産した漁獲物を収奪してくるからだ。
密漁者はその略奪産業に寄生し、成果をさらに略奪する。アワビのような海産物はほとんど移動をしないため、密漁団にとって格好のターゲットになる。アワビの禁漁区が成立しないのも密漁が理由だった。せっかくアワビを残しておいても、どうせ密漁団に獲られてしまうのだから、我々が獲ってしまおうという理屈になり、日本各地でアワビは枯渇した。
調べてみると、アワビには乱獲……持続的な生産を超えた漁獲が伝統的に続き、その利権を巡って暗闘の歴史があった。
関東の有名なアワビの産地である千葉県夷隅郡大原町(現いすみ市)では、明治18年(1885年)6月、太東岬の沖にアワビが群生する新鮑礁が発見され器械根(きかいね)と名付けられたが、その直後に大騒動が起きている。器械根という名前の由来は、県内はもちろん、茨城や静岡、神奈川や東京から器械潜水夫が大量に集まったためで、なんとも象徴的である。
『あまちゃん』に出てきた海女による漁法は、非効率な方法を採用することで、あえて取り残しを発生させるためのものだという。三陸の漁師は船の上から箱眼鏡で海の中を覗き、竹竿や鉤を使ってアワビを獲る。これも獲りすぎないための配慮だ。密漁報道に“潜水器”の文字があれば、それはすなわち根こそぎを狙った悪質な事犯と思っていい。
一帯は降って湧いたようなアワビ景気で活気にあふれた。『房総アワビ漁業の変遷と漁業法』(大場俊雄)によれば、当時、潜水器一台当たり、一日の漁獲量は2・3トンだったという。現在はその1・3パーセントだから、無秩序な乱獲ぶりが推測できるだろう。
手つかずの新漁場だった器械根のアワビはわずか3ヶ月で禁漁となった。翌年の解禁を狙い、独占的にアワビ獲りを行う潜水器業者が設立されることになり、これが大騒動を引き起こした。
法人の申請者は近隣の村の総代を騙(かた)って請願書を偽装していた。これを知った漁師たちの怒りが爆発した。
「奴らを殺して血祭りに上げ、我々も潔く自決するべし!」
漁師をそこまでエキサイトさせるほど、アワビは儲かったのだ。背景には中国で高級品として取引される干しアワビの輸出があったという。現在、密漁の花形となったナマコも、中国の需要が密漁団を支えている。
これほど犯罪がのさばる業界も珍しい
磯の王者であるアワビの奪い合いは、形を変えていまも続いている。
東日本大震災では東北のアワビも甚大な被害を受けていたが、密漁団には好都合だった。
「海底に生息していた動物たちはやはり津波によって大きな影響を受けていた。調査の結果、エゾアワビ(※北海道から東北沿岸に広く分布。三陸のアワビもこの種)成貝の密度は半分程度に減っていた。また、3センチメートルよりも小さな稚貝はほとんどいなくなってしまった」(『アワビって巻貝!?』河村知彦)
加えて震災後は密漁監視船や、港内に設置されていた監視カメラが破壊された。
「今回もそうだけど、密漁団はそもそも人のいない場所に入ってくる。そういったエリアが震災で増えてしまった。これまでなら無人の港であっても、その隣の港とかその近くには人が住んでたわけです。ところが震災で一帯の街が全部破壊されてしまって、みんな仮設住宅に引っ越してしまった。また密漁団が狙いそうな場所には、組合が探照灯を点ける小屋を持っていた。密漁団が来てアワビを獲り始めたらバッと照射したり、人がいることを分からせるため、施設に灯りを点けておいたりした。それも津波でみんな破壊されてしまった。復興でもそうした施設は後回しになってて、まるっきり無人で真っ暗な港が増えている」(東北を管轄する第二管区の海上保安庁職員)
そのため好き放題にアワビが密漁され、密漁団にとっては濡れ手にアワビの状態になっているという。そのほとんどが暴力団関係者に利益をかっさらわれる。
密漁はなにも暴力団だけが悪人というわけではない。その手先となる漁師がいて、そうと分かって仕入れる水産業者との共生関係が構築されている。それらがリンクし合い、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)し、毎日、闇夜の中で密漁は繰り返される。
欲に目がくらんだ漁業協同組合関係者、漁獲制限を守らない漁師、チームを組んで夜の海に潜る密漁者、元締めとなる暴力団……いまの日本でこれほど犯罪がのさばっている業界も珍しいだろう。
アワビ、ウニ、カニ……密漁は軽く100億円産業!
いったい日本でどのくらいのアワビが密漁されているのか。
元東京水産大学管理学科教授の野中忠は『アワビは増やせるか』の中で密漁対策の重要性に触れ、以下の3つの調査を紹介している。
●宮城県密漁防止対策本部がまとめた平成6~17年までの密漁船・不審船発見隻数記録集のデータに、不法集団(密漁団)の推定経費を重ね、東北第一の都会・仙台を抱える宮城県でのアワビ密漁量を120~155トンと推測。宮城で取引されるアワビの32・2~52・7パーセントと示した(『水産増殖研究会報』山川紘の調査)。
●南伊豆で摘発された密漁アワビ事件の摘発率、グループ数、密漁量、密漁回数などから、正規の漁獲量と密漁が同レベルであると推測される(『静岡県水産試験場研究報告』長谷川雅俊の調査)。
●最も分かりやすいのが3つ目、平成15年7月の『養殖』に掲載された多屋勝雄の記事だ。これは全国のアワビ流通量から漁獲量と輸入量をマイナスし、他の要素を考え合わせて密漁の規模を割り出している。それによると、日本で取引されている45パーセント、およそ906トンが密漁アワビの計算になる。我々はアワビを食べる時、2回に一度は暴力団に金を落としているということである。市場に流通する半分が密漁アワビ、言い方を変えれば盗品というのは異常な状態という他ない。
アングラアワビの売り上げをキロ4000円で計算すると密漁の市場規模は約40億円にも上る。アワビ一品だけでこれだけの額だから、ウニやカニ、黒いダイヤと呼ばれるナマコ、シラスウナギ、大アサリ、秋鮭など含めれば、軽く100億円産業となるだろう。
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密漁の現場を押さえることはできたのか? 取締りにあたる海上保安庁の苦悩とは? 続きは書籍『サカナとヤクザ――暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)でどうぞ。
1月26日(土)14時より、幻冬舎イベントスペースにて鈴木智彦さんのトークイベントを開催します。詳細・お申し込みはこちらのページから。