改憲に関する報道が重なると、国民投票まであっという間に突き進むかもしれないという思いもわいてきます。が、実は議員たちも前例がないため、その進め方に苦慮しているそう。国政の現場に身を置き15年以上のベテラン議員秘書が見た現状とは。
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本年の通常国会で、憲法審査会に提出されるかどうかで自民党の「改憲4項目」が注目されている。その内容について、これまで多くの政治家、有識者がコメントをしている。
だが、議員秘書として国政の現場に15年以上身を置いてきた者としては、憲法改正発議に至る道のりは、繰り返し報道されている安倍総理の改憲への強い意向を考慮しても、まだまだ遠いと思わざるを得ない。なにぶん初めてのことなので、どのように衆参の憲法審査会で改正案を決めていくべきかのルールそのものがないのである。
国会は、国会法や衆参の規則などの文字で書かれているルール以外の慣習が幅を利かせる世界である。とにかく前例がないので、そもそも発議を行うにあたり、どうすればいいのかの各党の合意がないので、国会内で越えなければならない高いハードルがある。
改憲原案の採決の慣習が確立していない憲法審査会
憲法改正発議が進まない最大の理由は、そもそも衆参の憲法審査会で改憲の原案を採決するための慣習が確立していないためである。全党が合意し、改憲の原案が作成されればそれに越したことはない。だが、一部の政党が原案の採決に反対する場合、審査会長の権限で強行採決は許されるのか。自民党内でもこのような採決に反対意見がある。これまでの各議員の発言を踏まえると、必ずしも2/3以上の議席を持つ政党の意見だけで憲法審査会としての改憲案がつくられるわけではないという認識が少なからずある。
例えば、2018年10月、自民党の船田元氏は自らのメルマガ(2018.10.22)の中で、「憲政史上初めてとなる国民投票で過半数の賛成を得るためには、少なくとも野党第一党との合意、あるいは了解が必要」と指摘している。すなわち、自民党の改憲案に公明党と維新の意見による修正を行い、憲法審査会に提出したとしても、その3党だけで採決し、憲法審査会としての改憲案とすべきではないという見解である。
憲法審査会の事務局は、衆議院の職員でこれまで衆議院での多くの委員会運営に携わった経験のある者が集められている衆議院憲法審査会事務局が担当する。ここに、以前、筆者が確認したところ、初めての憲法改正になるため、どういうルールで改正案がつくられるか分からないとの回答であった。こういう場合に合意形成に至ったと見なされ、採決するという事務的な手順のシミュレーションもなされていない。憲法審査会長が一方的に審議終局、採決すると宣言できるのかも分からない。
一般的に、各委員会の委員長は委員会審議が紛糾してくると、事務方の想定した手順書に従い、各党の国会対策委員会の指示を受けつつ、収束させるのだが、その手順書そのものがないということなのである。国会の会期末によく強行採決が見られるが、与野党の国対委員長や議運委の筆頭理事の間で暗黙の了解がある。お互いの激しい主張の対立の末、明確に言葉にしないものの、これ以上はもう妥協は引き出せない、仕方ないなと、互いに納得した後、行われる。ある日突然、強行採決されるのではない。
もっとも、憲法改正発議はこのような与党の枠組みで多数決を以て押し切ることは相応しくない。憲法は国の基本を語るものであり、政党間の対立から昇華されたより高い次元で論じられるべきものであるからだ。このような認識は、先の船田氏のメルマガにも、「中山太郎元憲法調査会長の路線を受け継ぎ・・・外部から見ると時間がかかりすぎている、野党に譲歩し過ぎているとの批判を受けてきたが、お互いの信頼関係の上に・・・国民投票法の改正などに成果を出してきた」と示されている。
だが、このような考えを持つ船田氏は、昨年の臨時国会を前に憲法審査会の幹事から更迭された。いわゆる「中山学校」のメンバーは外され、安倍総理側近の議員が幹事候補にあげられたのである。
つまり、現状では、憲法審査会に各党のそれぞれの改憲案が出されたとして、各会派の合意できる範囲で改正案の議論を収斂させていくのか、一定の時間をかけたら、採決し、多数会派の改正案を憲法審査会の案とするのかが定かではないものの、首相サイドは何らかの決着を急ごうとしたのだろう。国民投票法ではそこまで規定されていないので、まず改正案づくりのルールの既成事実化を急ごうとしたと思われる。
国会は規則などの文字で書かれているルール以外の慣習が幅を利かせる世界である。言い換えれば、そこは政党や政治家同士の駆け引き、妥協、手打ちで決まる世界である。ルール(法律)をつくる世界であり、国民の付託を得た政治家同士が話し合って決める世界なのである。今回、初めての憲法改正になるため、まず政治家と政治家が合意していかなければならないが、まだそこにたどり着いていない。安倍総理は打開策を模索したといえる。
特に9条改正は、各党の主張が対立しており、円満に多数会派の案が採決されるとは想定できない。自公維のみで強行採決して得た改正案を国民投票に付した場合、反対する政党のキャンペーンもあり、国民の判断に影響が生じる。このため憲法審査会での合意形成そのものが相当困難なものになることは自明なのである。
この幹事人事については、衆議院憲法審査会に混乱が生じ、審査会は空転した。その結果、12月10日の衆議院憲法審査会で自民党の森英介会長は、「憲法改正の発議権を有しているのはあくまでも国会であり、憲法審査会は与野党協力してていねいに運営していかなくてはならない」とし、「会長として、改めて審査会の公正・円満な運営に、これまで以上に努める」と発言をしている。この「与野党協力してていねいに運営」がポイントで、今後、与野党での合意形成が追求されていくことが改めて確認されたことになる。つまり、「中山学校」の、与野党の政治家同士の話し合いに立ち返ることが確認されたのである。
イタリアの国民投票を政治家は気にしている
また、国会議員は、国民が思うよりも各国の政治情勢を見て参考にしているものである。特に憲法改正についてはヨーロッパの議会の動向に関心が高い。これはヨーロッパの議会政治のほうが日本よりも歴史があり、先行していると敬意を表しているためでもある。
2016年12月にイタリアで国民投票が行われた。レンツィ首相が進退を賭けた憲法改正案は大差で否決され、レンツィ首相は退陣した。このため、憲法改正の国民投票は政権への信任投票にならざるを得ず、国民の 2/3以上の賛成を得る案でなければ困難であるとの見方がある。
衆議院憲法審査会は、この国民投票の視察を行い、2017年11月の衆議院憲法審査会で公明党の北側一雄氏は、「憲法改正案の具体的な内容の是非というより、時のレンツィ政権の信任、不信任が問われる国民投票になった」、「憲法改正に向け、政党間の合意を形成し、かつ、これを維持していくということは容易ではない」とした上で、「両議院のそれぞれで総議員の三分の二以上の賛成を得ることも高いハードルですが、国民投票で過半数の賛成を得ることは、私はよりハードルが高いと考える」と報告している。
まさに円満な合意形成がなされることの重要性を指摘するとともに、改憲の原案は国民の2/3以上の賛成を得る案でなければならず、強引に憲法審査会で原案の採決をした場合、反対党からは激しいネガティブキャンペーンが行われ、政権への倒閣運動の国民投票になることを示唆している。公明党の消極的な態度の背景であり、憲法改正の国民投票の怖さを示唆するものである。これらの報告内容は憲法審査会の委員に周知され、国会の議事録にも残されている。
もっとも、北側氏は、昨年の臨時国会で憲法審査会が紛糾したことを受けて記者会見し、自民党が通常国会で憲法改正案提示を目指していることに関し、「自民党としてこういうイメージを持っていると発言することを駄目だと言う理由が私には理解できない」と述べている(「時事通信」2018.12. 6 )が、国会の議事録に残された2017年11月の発言は重い。憲法審査会開催に反対する主要野党の対応を暗に批判しつつ、自民党の改憲案提示に改めて理解を示しているものの、先に引用した憲法審査会の森会長の「与野党協力してていねいに運営」すべきことを前提とし、そうしたければ、「自民党さんは主要野党をまず説得してくださいよ」という枕詞が隠されている。
いずれにしても参院選挙は2019年7月で、現在、自公維で両院の2/3以上を占めているため、ここまでに発議を行うことが一つの政治的な節目だが、他党との合意形成のスケジュールは不透明であり、現状では憲法審査会での合意形成のルールをつくる機運に欠けている。従って現時点では憲法改正発議が行われる政治情勢にはないと私は見ている。
安倍首相は、2017年5月の参議院予算委員会で憲法改正の考えについて質問され、「政治家にとって大切なことは、立派なことを言うだけのことではない」「結果を出していかなければいけない」と答弁しているものの、そもそもの合意形成のルールが定まっておらず、まず政治家同士が手探りで進めていかなければならない以上、改憲4項目の議論以前に、まず政治家同士の信頼関係の回復が急務であり、憲法改正発議そのものはまだまだ進みようがないというのが筆者の見立てである。それはかつて中山太郎氏が示した知恵に立ち返るべきことであろう。
改憲ってほんとにするの?
世論調査をみても、経済政策や社会保障といった話題に比べると国民の関心が低い「憲法改正」。なのに新聞では連日とりあげられ、改憲が当然の空気も醸し出されている。改憲前に知っておきたい話のあれこれ。