現実で、私たちはひとつの人生しか生きられない。でも、SNSの世界なら、本来の自分とは異なるプロフィールで、別の人格として生きることができる――。
そんな「裏アカウント」をモチーフにした小説『仮想人生』(幻冬舎)には、ナンパ師が重要な役柄として登場します。そこで著書『究極の男磨き道 ナンパ』(BbR)が男性たちからの熱い支持を集める零時さんとの対談が実現しました。
まずは、『仮想人生』が生まれるきっかけとなった裏アカの世界を語ります。
(構成:池田園子)
ネットの世界は地下と地上に分かれている
零時レイ(以下、零時) 『仮想人生』めちゃくちゃ面白かったです。ナンパ師が出てきますが、僕も『究極の男磨き道 ナンパ』っていう本を出していることもあって、はあちゅうさんの観察眼すごい! って思いましたし、どういう風に取材したんだろう、って気になってました。
はあちゅう ありがとうございます。夫(AV男優のしみけん氏)も零時さんの本、持ってました(笑)。
零時 ホントですか(笑)。うれしいな。『仮想人生』はどうやって書いていったんですか?
はあちゅう まず一昨年の夏に「人妻の美香」という裏アカウントを作ったことが始まりです。もともと情報収集用にアカウントはいくつか持ってたので、うちひとつを「自分ではない女性」に設定したんです。
零時 「はあちゅう」アカウントから見る世界とは、全然違う世界が見えてきそうですね。
はあちゅう まさに。「人妻の美香」を作ったきっかけは、ネットの世界が地下と地上に分かれているなあと感じ始めたからなんです。わかりやすく言うと、地下は匿名で、地上は実名で発信している世界。
零時 ああ、わかるような気がします。
はあちゅう 「はあちゅう」アカウントから見た世界では、実名で発信している人が多いけど、「人妻の美香」から見た世界は匿名で、アニメキャラクターや芸能人の顔写真をアイコンにして、好き勝手なことを発信している人が多かった。
零時 そうやって別のというか、裏のアイデンティティを持つと、「はあちゅう」アカウントに対して起きないことが起きたんじゃないですか?
“正体”を疑いもせず、ナンパDMを送ってくる男たち
はあちゅう 小説と同じように私もDMを開放していたのですが、めちゃくちゃナンパされました。「人妻の美香」って名乗ってはいるけど、本当に女性なのかわからないじゃないですか。それなのに会いたがるんです。
零時 どんな内容が来たんですか?
はあちゅう 「寂しいですか」「セックスしませんか」「童貞をもらってくれませんか」「週末デートしませんか」「奈良に来る予定はありませんか」「大阪に来ることないですか」とか、いろんなメッセージが来ましたね。
零時 関西かあ……オマエが来いや、と思う(笑)。
はあちゅう ですね(笑)。まあ、自分が住んでる場所を書いてなかったんですけど。
零時 『仮想人生』では美香が、DMを送ってきた男たちに対して、「顔写真を送ってください」って言ってるじゃないですか。はあちゅうさんもそうしたんですか?
はあちゅう はい。アイコンとは全然違う写真が送られてくることも多かったです。
零時 その人たちは裏アカを使って、現実とは全然別の人格を生きてるんでしょうね。
はあちゅう 実名では到底つぶやけないようなことをつぶやいてますからね。たとえば、芸能人のエロい写真と一緒に、エロい投稿をしているとか。彼らと会ううちに、これを小説にしようと思ったんです。
零時 彼らの「人妻の美香」への接し方ってどうでした?
はあちゅう まず、会う前のDM上では「雑に接してくるな」と感じました。公式マークが付いていて、名前・顔出しで発信している「はあちゅう」と比べて、「人妻の美香」は何の後ろ盾もない弱い存在。ストレートに「性の対象」として見られるんだな、とも実感しました。
零時 「人妻の美香」を運用しているのは「はあちゅう」さんだと知る由もないから、「顔の見えない人妻」に対して上から目線で物を言ってくる男もいそう……。
はあちゅう 「はあちゅう」アカウントに嫌がらせや攻撃的な発言をしてくる男性を以前ブロックしたことがあるんです。その人が「人妻の美香」にナンパDMを送ってきたときは、“中身”は同じなのに“外側”が変わると、こんなに対応が違うんだ……とびっくりしましたね(笑)。
零時 そういうこともあるんですね。実際に彼らと対面して、「人妻の美香」を演じたときはどうでしたか? 生身の女として見られるわけですけど。
裏アカウントだから築ける人間関係もある
はあちゅう 単純に面白かったです。いち人妻、いち主婦として会うと、すごく上から目線で、自慢ばかり話をよくされました。「何十人の女とヤッてきた」とか有名企業の名前を挙げて「◯◯に就職するんだ」とか。
零時 裏アカにいるような男性は、上下がハッキリした関係じゃないと、コミュニケーションをとれないんじゃないかな。僕個人の意見ですけど、非モテやコミュ障なタイプは「女性と対等な関係を構築する」みたいな考えをあまり持っていない印象があります。となると、上からいくか、下からいくかのどっちかになる。はあちゅうさんが会ったネトナンをしている男たちは、「女に飢えている男」というイメージを挽回するために、あえて上から来たんじゃないですかね。
はあちゅう ただ、ひとたび「人妻の美香=はあちゅう」だとわかると、いきなり敬語になったり、「はあちゅうさんだったんですね……!」と媚びてきたり、卑屈な態度になったりしてきました。「人間らしくて可愛いな」と思っちゃいましたけどね(笑)。
零時 「暇な医大生」とか「ねね@童貞ハントFカップ」とか、他の登場人物の描き方も面白く読みました。日常がほころんでしまった人が、裏アカで別の世界と現実の世界を行き来して、生きていくというのは、実際にある話だと思います。
はあちゅう 彼らのモデルとなった人たちも、「人妻の美香」としてネットの世界を覗くなかで見つけました。パクツイばかりする子や昼間は会社員だけど夜は痴女に変身して、セックスログを付けているおねえさん……裏の世界ではみんな自由に生きているなあ、って。
零時 裏アカってどちらかと言うと、あまり良いイメージで語られないものだと思いますが、『仮想人生』では裏アカをネガティブに捉えていないですよね。
はあちゅう おっしゃる通りで、裏アカを悪としては描いていないんです。表のアイデンティティではできないことができる場で、裏アカだからこそ出会える人たちと、新しい人間関係を持つことで、現実にプラスの影響が出ることもあります。
零時 表のアカウントでは得られない人間関係がある、と。
はあちゅう 裏アカと言っても「中の人」は人間ですから、温かみや救いがあります。嫌な面もあるかもしれないけど、人は意外と優しいんだよと伝えたかった。
零時 僕も救いを感じながら読みました。「人妻の美香」は得意の料理を裏アカにアップしながら、傷ついた心が癒されていくのも良かった。読後感はかろやかで、僕自身も軽快に生きていけるような気がしましたし。
はあちゅう 裏アカを持つことは現実逃避をするひとつの手法だと思います。本アカとは違う自分を演じられるし、人生を変えられる可能性だってある。本アカと裏アカとを行き来して、現実へ戻ってきたときに、心が軽くなることもある。それも『仮想人生』を通して受け取ってもらえたら、と思います。
(後編へ続く。2月6日公開予定)
仮想人生
現実世界で「普通の人」でいるために裏での息抜きが必要なんだ。
ネットを知り尽くすはあちゅうさんにしか描けない、SNSでむき出しになる人間の素顔。
衝撃の裏アカウント小説『仮想人生』について。