「主人公の範子が怖すぎる…」「ここまで恐ろしいラストは、むしろ爽快!」など、読者からのさまざまな感想が話題となった、秋吉理香子の『絶対正義』がドラマになります! 正義のモンスターヒロイン・範子を演じるのは、変幻自在の演技力で数々の難役を演じてきた実力派女優・山口紗弥加さん。今回は、ドラマ化を記念して、書評家の佐々木克雄さんの少し変わった書評をご紹介します。
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あなたはどのタイプ?範子が訴える「正義」とは――佐々木克雄(書評家)
ラストまで読み終え、この解説をご覧になっているアナタ。今、どんなお気持ちですか?
何とも言えない、かなーり複雑な感情が心の奥底でグネグネと渦巻いているとお察しいたします。だとしたら、作者・秋吉理香子さんの世界にズブズブとはまっているのです。
でも、この「かなーり複雑な感情」って何でしょう? その正体がわからなくてモヤモヤされているとお察しいたします。そこで拙い解説ではありますが、アナタのモヤモヤを解消するお手伝いをさせてください。ちょっと変わったやり方で。
心理テストではないのですが、以下の場面を思い描いてみてください。
「今、アナタは町中にある、それほど大きくない道路脇で赤信号を待っています。日中ですが車どころか人通りもなく、閑散としたところです。そこに、子供をうしろに乗せて自転車をこぐ母親がやってきました。彼女は車が来ていないことを確認すると、赤信号を無視して渡っていきます」
さて、その様子を見ていたアナタは何を思いますか?
左記からひとつ選んでいただき、ABCDへお進みください。
「別にいいじゃない。車も来てないし迷惑もかけてない。私も信号無視しよう」→Aへ
「悪いとわかってるけど子供が急病とか、事情があるなら仕方ない。見逃そう」→Bへ
「いかなる理由があるにしても、法令違反はいけないな。注意しなくっちゃ!」→Cへ
「これって何か起こる予感がする。来ないと思っていた車が突如現れたり……」→Dへ
Aを選んだアナタ
至極まっとうな選択をされたと思います。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と横へならえの対応をしていればこの世の中は住みやすいものです。世の中の、多くの人々が赤信号を無視して渡っているはず。同じく、本書に登場する女性たちも信号無視をするような選択をして高校時代を過ごし、大人になっていったはずです。(一人を除き)
ですが、人の数だけ個性やドラマはあります。たとえばノンフィクション作家として活躍する和樹は「白髪染めは放棄し、化粧もしなくなった。コンタクトレンズも止め、ビン底眼鏡で過ごす」といったように、ちょっと荒んだイメージが。またたとえば、シングルマザーとして懸命に生きている由美子には悲壮感が。またたとえばアメリカ人の夫と起業した理穂には不妊治療の苦しみが。そして若い頃から芸能界で生きてきた麗華には妻子ある男性とのただならぬ関係が……それぞれに個性やドラマがあるのです。
おそらく、本書を読まれたアナタのまわりにも、同じような境遇の方がいるのではないでしょうか? あるあるの人が、あるあるの行動をした……だけなのに、なぜこんなザワザワするような展開になってしまうのか?──それは言うまでもなく、高規範子の存在があったからにほかなりません。(以降、C→B→Dと読んでください)
Bを選んだアナタ
悪いとは思うけれど、それをしなくては生活が回らないコトだってあるじゃない──その考え方はもっともだと思います。所詮この世の中はホンネとタテマエ、どちらも上手に使いこなさないと人生、損するだけ──そんなしたたかさを私たちは身につけています。
けれど高規範子は「正義」を振りかざして自分の生活に、人生に介入してきます。四人の女性たちは違和感を抱き、反駁し、距離を取ろうとします。けれど範子はそんな彼女たちに忖度することなく、自分の「正義」をグイグイと寄せてきます。
彼女たちは、ずっと範子を避けていたか? その答えは「否」になります。領収書の不正を質され「やっぱり自分が悪い」と反省する和樹。でも一方で「範子のこと、だいっ嫌い!」と叫ぶ姿もあります。理穂も「範子が善人なのは、充分にわかっていたつもりだ。彼女が常に正しいことをしていることも。それなのにどうしても、手放しで感謝できない自分がいた」と独白しています。彼女たちの心の揺らぎが、読み手の心をザワつかせているのです。範子の「正義」は間違っていない、けれど自分たちは追いつめられて──それが五年前、四人で彼女を死に至らしめた悲劇に繋がるのです。(以降、C→A→Dと読んでください)
Cを選んだアナタ
「道路交通法を遵守するのは当たり前のことじゃない。正義こそ、この世で一番大切なものなのよ!」と、高規範子なら答えるでしょう。そう。Cを選んだアナタは正しい。
章ごとに四人の女性が登場する本書ですが、やはり主人公と言えるのはこの「正義のヒロイン」である高規範子でしょう。模範生徒のポスター丸写しの容貌は、まさに「正義」を体で表していました。母親を事故で失ったことで罪を徹底的に憎むようになった彼女の言動については、ここで触れるまでもないでしょう。正義のためのエキセントリックな言動で悲劇を招いたことは確かですが、考えてみたいのはその「正義」です。彼女は何一つ間違ったことはしていない。なのに憎まれてあんな結果に……この矛盾がザワザワさせる要因のひとつではないでしょうか。もちろん、彼女に手をかけることになる友人たちの心情も無視することはできませんが。(以降、A→B→Dと読んでください)
Dを選んだアナタ
小説の読み手として、カンのいい方だとお察しいたします。「正義」を振りかざして、旧友たちの生活に、人生に入り込んでくる範子。こうなると当然ドラマが生まれるわけで、範子の「正義」に追いつめられた四人の女性は究極の選択をしてしまう……。秋吉さんの心理描写はその破滅にいたるまで、見事な筆致で読み手をひきつけてくれました。
ですが、それだけでないのが秋吉作品の凄みです。あれから五年後、四人それぞれに招待状が届きます。差出人は死んだはずの範子──この仕掛けで、ミステリーが好きな人は心を鷲掴みされたことでしょう。代表作『暗黒女子』や『聖母』などと同様に、救いのないザワザワした読後感も堪能されたと思います。(以降、C→A→Bと読んでください)
と、ここまで一風変わった作品解説をさせていただきました。モンスターヒロイン範子の行き過ぎた言動と、彼女に振り回された四人の女性たちの修羅場、それに死者からの招待状というミステリースパイスが加わることで最後まで一気読み&ザワザワな読後感だったと思うのですが、作者が投げかけたのは「正義って何?」だと思います。100%正しい人間がいたらどうなるか──そんな設定をヒロインに託して、読み手に「どう思います?」を提示されたのかと。読了した方も、今一度ページをめくり返してみて、範子が訴える「正義」について考えてみてはどうでしょう。さらなる深みにはまって行くとは思いますが……。
なお、本書は2019年2月からフジテレビ系列、土曜深夜の「オトナの土ドラ」としてドラマ化されることになりました。あの高規範子が実写化となって、どんなモンスターぶりを見せてくれるのか、追い詰められた女友達の修羅場はどのように表現されるのか──想像しただけでザワザワしてきますよね。ドラマを見る予習としても、最初からページをめくることをオススメいたします。
「絶対正義」 東海テレビ・フジテレビ系全国ネット
2月2日(土)スタート〈毎週土曜日(オトナの土ドラ) 23時40分~24時35分〉
http://tokai-tv.com/zettaiseigi/