38歳の現役医師が、「ここまで書いていいの?」というところまで書き切り、11万部を超えるベストセラーになった中山祐次郎さんの『医者の本音』(SB新書)。中山さんはなぜいま、「医者の本音」を伝えなければならないと思ったのでしょうか? 『医者の本音』の「はじめに」からお届けします。
記事の最後に、中山祐次郎さんのトークサロンのご案内があります。
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医者同士では言えるのに、患者さんには言えないこと
「先生、どうしてお医者さんはそんなに急いで難しく喋るんだい?」
数年前のこと。外来の診察室で私はある患者さんにこう言われました。
「えっ、私そんなに急いでます?」
「うん、とっても。申し訳ないが、速いし難しくてよくわからなかったよ」
衝撃を受けつつ、私はもう一度その患者さんにゆっくりと説明をしました。
この患者さんは私にこう言ってくださいました。でも、もしかしたら他の多くの患者さんもまた、言わないが同じことを思っていらっしゃるのではないか。そんな気持ちにとらわれたのです。その患者さんは親しくなるにつれ、徐々にこんな質問をなさいました。
「なぜ病院は3時間待って、5分しか診察がないの?」
「なぜ医者の態度は冷たいの?」
「手術のとき医者は何を考えているの?」
こんな質問をされるたびに、私はいつも言葉につまっていました。医者があぐらをかいているからなのか。そんなわけはない。いや、ちょっとはあるかもしれない……。そんな疑念は、やがてこんなふうに形作られました。
「患者さんと我々医者のあいだには、どうしてこんなに大きな溝があるのだろう」
でも、言えないことがたくさんある。医者同士で言えても、患者さんには言えない。医者の間でしか通じないことが多いし、それを書くことは医療業界への裏切りのような気もする――。でも、なんとかお伝えできないだろうか。まとめて本に書くことはできないだろうか。
「医者の本音を書けば、医者がどんな人々で、いつも何を考えているかが少しは伝わるのではないか」
「そうすれば、とっつきづらい医者とのコミュニケーションが、少しは円滑になるのではないか」
「さらには、医者の襟を正すような発言ができないか」
こんな動機で、私はこの本を書き始めました。
外科医の私が「書く」理由
はじめまして、中山祐次郎と申します。外科の医者になって12年になります。この本には、12年、医者をやった私の本音が書かれています。
少し自己紹介をさせてください。
私は外科医として、第一線で手術や薬による治療をしています。これまでの手術件数は1000件を優に超え、外科専門医、消化器外科専門医、がん治療認定医などの資格を取りつつ、合格率26%という高難易度の手術資格、内視鏡外科技術認定医(大腸)も取得しました。
こんなふうにバリバリとやってきましたが、実は外科医としては異色の経歴です。まず大学医局という、ほとんどの若手医師が属する組織に属さず、修業を続けてきました。また、福島県の第一原発近くの高野病院というところで院長が亡くなり、存続が危うくなったときには外科医の仕事を中断し、臨時院長として現地に赴きました。
また医者であると同時に、物書きという別の顔を持っています。2015年に『幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと』(幻冬舎)を出版してから書く仕事を始め、今では色々な連載をもっています。一番多いのはYahoo!ニュースで、これまで100本以上の医療記事を書いてきました。ほかにも、ビジネスパーソン向けの日経ビジネスオンラインなどで連載をしています。
なぜ外科医をやりながら、記事を書くのか。
その理由は、「閉じた医療業界に風穴をあけたいから」です。医療の記事は専門性が高いので、残念ながらマスメディアが正確に発信することは困難です。その一方で、医療の専門家が一般の人々にわかりやすく伝えることもまた難しいのです。私はその間に立ち、医療のややこしい内容を「翻訳」したいと思っています。
業界の暴露話としてでなく
この本のタイトルは「医者の本音」です。
正直なところ、本書を書くかどうか、かなり悩みました。業界内部にいる私が、業界のことを本音として書くことには意味があるのか。ただの暴露にしかならないのではないか。そして、私は本書を書いた後、医者を続けられるのか。有難いことに頂戴していたいくつかの出版依頼を断り、なぜこの本を書くのか――。
ずいぶん悩みましたが、「書こう」と決めました。
本屋さんには、医者が本音を綴った本はいくつかありますが、みな引退したか引退寸前の大先輩医師が書いたものばかり。現役で、これから数十年を見据える若手医師の書いたものはありません。ですから現役の若い医者が頭の中をさらけだし、答えにくい質問に答える。そこにはひとしずくの真実が含まれ、有用なものになるのではないか。私はそう考えたのです。
本書には、少しでも真の「医者の本音」に近づくために、多くのデータや調査結果を入れています。しかしデータには限界があります。そこで、データが不十分なところは、私個人の本音を綴りました。
もちろん、私の本音が医者全体の本音からずれている可能性はあります。ですから、「そういうものを世に出さないことが誠意」という考え方もあるでしょう。しかし、私はそうは思いません。多少のブレはあっても、現時点で有用なものを出すことが誠意だと私は考えています。
医療とは、理想的な病院と社会を作ることではありません。他の業界と同じで、あくまで「問題だらけの現実社会の、絶え間ない改修」なのです。いまあるこの世界をどう切って縫い直せば、より良くなるのか。それを思い、私はこの書きづらい本を書き上げました。
繰り返しますが、この本は医療業界の暴露本ではありません。そういった内容を期待されている方は期待を裏切られることになりますので、書棚にお戻しください。
その代わり、「お医者さんに面と向かって聞いては失礼になるのでは?」という質問には、包み隠さず答えています。目次をご覧いただければわかりますが、こんな答えづらい質問を考えた編集者さんとは、「こんなこと書けません」「いや書けます」と何度も問答しました。
その結果、「年収はいくらもらっているのか?」「どんな恋愛をしているのか?」といった下世話な話にもあえて踏み込みました。その理由は「医者とはどんな人々で、何を考え日々を暮らしているのか?」の実像を知ってもらうことが、医療不信の情報があふれる時代に、医者とのコミュニケーションの助けになると信じているからです。
もちろん、「医者の出す薬が多い理由」や「がんの告知で必ずしてほしい3つの質問」など、今まさに病院に通われている人に有用な内容も盛り込みました。さらに、若手医師へのメッセージもたくさん込めています。
この本が、患者さんと医者の関係を「同じ病気に立ち向かうパートナー」へと変える第一歩になれば、これほど嬉しいことはありません。
では、さっそく本音に参りましょう。
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中山さんのメッセージは、『医者の本音』(SB新書)でお読みいただけると幸いです。
2月26日(火)19時から、東京・大手町の3×3Lab Futureで、中山さんのトークサロンが開かれます。詳細・お申し込みは幻冬舎大学のサイトからどうぞ。