「人生がひとつしかないから私たちは、苦しいんだ」。
そんな帯コピーとともに発売された、はあちゅうさんの小説『仮想人生』。記念イベントが1月21日に下北沢B&Bにて開催されました。
この日のテーマ「ネット上に人格を作るということ 〜自分のままで、もう一つの人生をどう生きるか?〜」を担当者編集者の二人(幻冬舎・竹村、ピースオブケイク代表加藤さん)とともに語りあいました。
(構成:アケミン)
はあちゅうから編集者への持ち込みで生まれた小説
幻冬舎 竹村(以下、竹村) 『仮想人生」は発売直後からツイッター上でも感想がたくさん見受けられました。
はあちゅう 数時間に一回は必ず感想がネットに上がっていますよね。「普段は小説を読まないけれど、はあちゅうさんが書いたものなので手に取ってみました」という声も多い。小説でこんなにも反応があるのは嬉しいですね。
竹村 小説の読者と自己啓発本の読者は重ならないことが多いので、こういう感想は珍しいです。そして、これが、紙媒体からネットまで様々な発信方法を模索しているはあちゅうさんがおっしゃっている「ネット時代の新たな作家」の形なのだと実感しました。
ピースオブケイク 加藤(以下、加藤) この本のベースとなる原稿を最初にいただいたのが2017年11月。そもそもは、はあちゅうさんから「今、小説を書いていて、できれば本にしたいので見てもらえますか?」と持ち込みをしてもらったのがきっかけですね。
はあちゅう 「編集者の知り合いがいる」という点は、他の人と比べると有利かもしれませんが、本を出したいと思っている人には「はあちゅうも持ち込みで本を出したんだ!」とぜひ勇気を持ってもらいたいですね。未だに私、持ち込みのほうが多いです。
加藤 ちなみにワードで「プロパティ」を見ると、その原稿を何時間かけて書いたかわかるのですが、最初にもらった原稿は、なんと20時間もかかっていましたね。
はあちゅう 小説を書くときって最初の一行を書くのがとても怖いんです。
加藤 「寂しさは刺すように一瞬なのに、信じられないくらい体の奥深くまで到達してしまう。」という出だし、そして「魔の22時」というフレーズも本当にいいですよね。
はあちゅう これは実際に私が感じた気持ちです。というのも私、書いているときって一日中、家から出なかったりするんです。そして1日の作業を終えた22時ぐらいになると街から喧騒が聞こえきて、ふと「今日私、生きてなかったな…」というさみしさに襲われるんです。誰か誘ってくれないかな、でも誘われたところで今はスッピンだし、髪もボサボサだから出られないんだよな、でも誰かに私の存在を気にしてほしい…そんなどうにも行き場のない気持ちに陥ることがある。この小説の出だしは、まさにそのときの心情をつづったものですね。
竹村 「さみしいのは自分だけじゃない」と頭ではわかっていても、そのさみしさは他人と共有しきれないですしね。
はあちゅう さみしさと共に生きていく、これが今回の「仮想人生」のひとつのテーマですね。
はあちゅうが潜入、知られざる裏アカウントの世界とは
加藤 この本は、毎日夫の帰りを待つ専業主婦のユカがある日、さみしさから「セックスレスの人妻・美香」というツイッターの裏アカウントを作るところから始まります。実際に、はあちゅうさんも裏アカウントを作っていた時期があるとか。
はあちゅう はい、2017年の春ぐらいから裏アカウントを作って活動していましたね。
竹村 それは小説を書くために? それとも別の目的で?
はあちゅう そもそもは、ナンパ師の世界をなにかしらの形で書いてみたいと思ったのがきかっけですね。だから裏アカウントではナンパ師ばかりフォローしていたんですよ。
竹村 ナンパ師! どんなところに興味を抱いたんですか?
はあちゅう インターネットの世界って地上と地下に分かれていると思うんです。実名で何かオピニオンを言ってる人と、匿名アカウントで誰かを野次っていたり、人に言えないことをしている人とでは同じツイッターを使っていても見える世界が違う。テレビに出ていて地位も名誉もある人も、裏アカウントの世界ではボコボコに叩かれている。つまり世界が真逆なんです。
私はそれまでも情報収拾用に裏アカウントを持っていたのですが、もう少しアクティブに使ってみようと思って、小説と同じように「人妻のミカ」というアカウントを作ってみました。プロフィールには『結婚4年目、セックスレス人妻。DM解放してます。』と書いてK-POPアイドルのアイコンにしたところまでは小説と一緒ですね。そこで「おすすめアカウント」に出てきたナンパ師たちを片っ端からフォローしたら、ツイッター上でものすごい勢いでナンパされましたね。
竹村 実は、「仮想人生」の登場人物たちのアカウントが生まれていたのです。そのなかの「ユカ」「ねね」はどんどんフォロワーが増えてDMでナンパされまくってます(笑)。「体がさみしいんじゃないですか」とか「僕が相手しますよ」なんてメッセージが届いているみたいですよ。
加藤 すごい! 完全に裏世界ですね。
はあちゅう 「はあちゅう」をものすごい勢いで罵っている人が「人妻の美香」をナンパしてきたこともありましたね(笑)。ナンパ師さんたちのツイッターを見てると、みんなヤリまくってるんですよ。「仮想人生」に書いたように、ツイッターで出会って、セックスして、証拠写真をツイッターにアップする。小説の中では、あまり込み入ったことは書いてないですけど、ナンパ師の世界ってドロドロとしていて奥が深くて、それを見ていると「ツイッターはセックスするためのツールなのか!」とすら思ってしまいましたね。
加藤 女性の中には「ナンパ師」という存在を毛嫌いする人もいると思います。その点、はあちゅうさんは寛容なのでしょうか。
はあちゅう ナンパ師たちのすべてに寛容なわけではありません。女性をまるでポケモンをゲットするみたいに扱ったり、相手の体や心を大切にしてない部分には嫌悪感があります。一方で実際にナンパ師の男の子と会って話していると、いわゆるナンパ用語でいう「顔刺し」(顔だけで相手を惚れさせること)でセックスできたと自慢げに語る子も、実はそれまでずっとモテてこない人生を歩んできて、世の中に憂さ晴らしをしているような気持ちになっている部分もある。そして私自身、そんな心理には共感できなくもない。
加藤 ナンパ師たちのすべて肯定しているわけでもないんですね。
はあちゅう 彼らには弱さと同時に温かさもある、と思っていますね。そしてこれは、この小説の登場人物すべてにおいても言えることです。みんな、一箇所だけ切り出すと悪人なんですよ。結婚しているのに他の人と罪悪感を感じずに体の関係を持ったり、パクツイ常習犯だったり…。でも実はいい人だったりもする。100%悪人というわけではなく、どの登場人物も少し狂っているけど、でも誰かに対しての優しさや温かさは残っているんですよね。みんながみんな、誰かにとっての善人で、誰かにとっての悪人だということを書きたかったんです。
はあちゅうが「セックスレスの人妻」に。もう一つの人生
加藤 実際にはあちゅうさんもやり取りをして、誰かと会ったんですか?
はあちゅう 7人ほど会いましたね。明らかにセックスを目的にしている人やドライブデートのように密室に連れ込もうとしている人は危険なので避けました。実際にやりとりをしていて変なことに巻き込まれなさそうと思った人に会いましたね。
加藤 そこで色っぽい話にはならないんですか?
はあちゅう 提案はされるんです。でもあらかじめDMで私にはその意思がないこと、あくまでも友達がほしい、ということは話していたので、強く誘われることはなかったんですね。ただ一度だけ、これはツイッターは関係ないんですが、インスピレーションをもらえないかと思って西麻布のクラブに行ってみたら、ずっと羽交い締めにされて、返してくれない…という人もいました。そのときはクラブのスタッフに助けてもらい難を逃れました。裏アカウントで出会った人の中にはそういう風に恐怖心を抱かせる人はいなかったですね。あとは東大や慶応など高学歴の大学生が多かったのも印象的でした。
竹村 やはり彼らは、学業だけじゃなく、ナンパでも勉強熱心なのでしょうか。
はあちゅう 彼らにとっては、ナンパは実生活を使ったフィールドワークのようなもの。『影響力の武器』みたいな心理学の本を読んで、ゲームを攻略するようにナンパをする、という感覚でしょうか。また「これから社会人になる前に少しレールから外れたことしてみたい」「どこかに遊びの世界が欲しい」という願望もあった気がします。表で堂々とすると失うものがあるからこそ、裏アカウントを作るんでしょうね。
加藤 でも実際、オフラインではあちゅうさんが現れたら驚きますよね?
はあちゅう それがまったく気づかれないんですよね。そもそも私、自分のイベントで受付してても来場者に気づかれないこともあるんですよ(笑)。どうやら「背が高くて声が低くてドスが効いてる人」とネットでは思われてるようなので、実際に私に会うと少しイメージが違うのかもしれませんね。そして裏アカウントでは人生に疲れてツイッターしかやってない主婦という設定なので、「俺、○○っていう企業に内定してるんだけどさ」とか「これまで働いたことあるの?」と言ってくる人が多かったですね。
加藤 初対面なのにかなり上から目線ですね(苦笑)。
はあちゅう でも徐々に正体がバレていくんですよね。中には長い間バレなかった人もいましたが、事実婚を発表した際にたくさんメディアに出たことでバレましたね。とある大学生は「しみけんが結婚した、というニュースを部活の子が見せてくれたんですけど、僕がツイッターで出会った女性が一緒に写っていたんですけど」とか。「僕がいままで会ってたのは、実ははあちゅうさんなんですか?」って言われました。
竹村 ちなみに彼らに変化はありましたか?
はあちゅう タメ口で上から目線だったのが敬語で下から目線になった人もいました(笑)。「電通にどうやって受かったんですか?」とか。でも彼らは、普通なら「はあちゅう」とは出会わない人たち。はあちゅうを知って、イベントに会いにきてくれる人は意識が高くて、起業を志したり、夢を語るタイプが多いんです。
でも、しみけんとの結婚のニュースではじめて私のことを知った大学生の子含め、、裏アカウントで会った人たちは、普段は部活や学生らしいバイトに打ち込んで、ネットよりもテレビ、SNSもツイッターよりもインスタ…みたいな子が多い。お金儲けはしたいし、女の子とも遊びたい、なんとなくラクに暮らしていきたいけど、だからといって将来の具体的なビジョンはない。ある意味、まっすぐでいい子なんです。変にすれてない。クラウドファンディングとかも知らないし、ツイッターでフォロワー増やして、何かしようとかも思ってない。
だから会って一緒にしゃべっていると、こちらも気楽で。頭が空っぽになって心が軽くなるんですよ。こんな感じでまっすぐに生きていくのって清々しいし、幸せだなーと癒されましたね。
竹村 そんな風に目の前のことに一生懸命やってる子たちが、裏アカウントでナンパをしてくる、まさに表と裏ですよね。
はあちゅう 不思議なことに私自身も最初は「人妻の美香」として彼らに会っているので、自分のモードも変わるんですよ。自分が作った美香のプロフィールに引っ張られて、少しおどおどしたり、「自分の夢を見つけなきゃなぁ…」なんて思わず彼女の気持ちになってしまうこともしばしば。それでも自分ではない人生を生きるのが楽しくて、一時期は裏アカにハマっていましたね。
そして人格をいくつか持っていると気持ち的にもラクになりますね。どうしても「はあちゅう」としてだとフォロワーも多い分、リアクションもあるので気軽に呟けないこともある。アカウントを切り替えるのはまるで水中に潜るような感じでしたね。今は裏アカウントは、すでに消してしまっていますが、はあちゅうから離れていろんな人に会って、人生を垣間見られたのが楽しかったですね。
(後編に続く。2月25日公開予定です)
仮想人生
現実世界で「普通の人」でいるために裏での息抜きが必要なんだ。
ネットを知り尽くすはあちゅうさんにしか描けない、SNSでむき出しになる人間の素顔。
衝撃の裏アカウント小説『仮想人生』について。